「イニシェリン島の精霊」(2022)
作品概要
- 監督:マーティン・マクドナー
- 脚本:マーティン・マクドナー
- 製作:グレアム・ブロードベント、ピーター・チャーニン、マーティン・マクドナー
- 音楽:カーター・バーウェル
- 撮影:ベン・デイヴィス
- 編集:ミッケル・E・G・ニルソン
- 出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン 他
「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督が、1920年代のアイルランドを舞台に、突如友情の終わりを告げた二人の男のドラマを描きます。
主演は「アフター・ヤン」などのコリン・ファレル、そして「パディントン2」などのブレンダン・グリーソン。
また「アベンジャーズ」シリーズでAIのフライデーの声を演じたケリー・コンドンが主人公の妹役、「グリーン・ナイト」などのバリー・コーガンが島に暮らす青年を演じています。
「スリー・ビルボード」からは実に5年空けての新作。海外ではすでにかなり高い評価を得ており、先のゴールデングローブ賞ではドラマ部門での作品賞、主演男優賞、脚本賞の3冠を達成。
日本公開としては東京国際映画祭でプレミアされ、年をまたいでの1月に無事に一般公開されました。
公開週末に早速観に行ってきましたが、人の入りはまずまずだった印象。
〜あらすじ〜
1920年代のアイルランドのイニシェリン島。
本土ではアイルランド自由国とアイルランド共和軍による内戦が勃発していた。
島に住むパードリックはいつものように親友のコルムをパブに誘うため家を訪ねるが、家の中にいるコルムは呼びかけに返事をしない。
仕方なく先にパブに行ったパードリックに、後からやってきたコルムは素っ気ない。
訳を聞いたパードリックにコルムはこう答えた。
「お前の事が嫌いになった。もう話しかけないでくれ。」
突然の友情の崩壊に困惑するパードリックだったが、意地を張っているコルムをなんとか説得しようと試み始めた。
やがてこの諍いはパードリックの妹や他の島民も巻き込んでいく。
感想/レビュー
争いは滑稽である
アイルランドを舞台にした時代劇。
今回は背景にアイルランド内戦をもってきて、おおよそ100年前の世界を描き出したマーティン・マクドナー監督。
内戦というところにはまず、”何となく滑稽に見えてしまう諍い”を入れ込んでいると思います。
アイルランドの内戦は正直なところ目指すところはイギリスからの独立出会ったのですが、その手法でもめて味方同士で傷つけあったと認識しています。
対岸の争いとしてパードリックは「何してんだ。ばからしい。」と言いますが、それが後々にはパードリックとコルムの争いにもそのまま投げかけたくなるものです。
意地を張ったことのあるすべての人へ
時代は経っても、はたから見れば意味のない、そしてただ意地を張っているだけの争いごとというのは多いのです。
もしかすると、いま世界各地で起きている紛争や分断に関しても、正直なところアホらしいことだという皮肉が込められているのかもしれません。
まあその皮肉はもしかすると、何かで意地になってしまったことのある観客にもチクチク刺さってくると思います。
誰だって、子どものころでも大人になってからでも、変な意地を張って後に引けなくなったケンカや争いを経験するものですからね。
この小さな島、コミュニティでの後戻りできない争いというのは、「スリー・ビルボード」でもとても良く描きこまれていましたが、今作でも同じに感じます。
笑えるところが多いものの、ショッキングなところは本当にショッキング。
演者たちの卓越したアンサンブル
そしてそれを支えているのが素晴らしい演者たちです。
コリン・ファレルのもどかしいばかりの情けなさ。良い感じになるところもあるのに、一歩余計なことをしてしまう子どものよう。
バリー・コーガンも実はとても繊細で、決してただのバカではない青年を好演しています。
そして顎下タプタプのブレンダン・グリーソンから感じる哀愁。彼の怒りが向けられているのは自分自身。
それはこの島でただ腐っていくしかない悲しい自分に対して。
海辺という”向こう側”を眺めるだけのコルムにはさぞ辛かったでしょう。
自分自身への怒りに身を焦がしていく様は、「スリー・ビルボード」のミルドレッドにも通じていますね。
何にしても最高だったと思うのは、パードリックの妹であるシボーンを演じたケリー・コンドン。
彼女が随一だったと私は感じます。
死というモノを意識した人間
シボーンはコルムと話し、「君にはわかるだろ。」と何度か言われます。
そう、彼女にはこの諍いの発端、コルムの根底にある恐怖が分かる。
それは死です。何もなさずに迎える死。
持てる教養も活かせずに、何もなく退屈な環境で生きて、老いてそして死ぬ。その恐怖を一度認識してしまったコルムは、頑なに環境を変えようとします。
本を読み教養がある、そして”行き遅れ”などと呼ばれてしまうシボーンにも、その気持ちは痛いほどわかるということです。
だから彼女はただ海とその向こうを眺めるのではなく、自らこの地を去ることを決心したんでしょう。
最終的には芸術だけでなくて、ロバを通して退屈と思われそうな酪農も、その人にとってはかけがえのないことだと示すのはバランスよくて好き。
田舎の島で大の大人二人がケンカするという話しながらに、いろいろと多面的に深く彫り込んでいける映画だと思います。
なかなかにおすすめの作品。
今回はこのくらいで感想はおしまい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ではまた。
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