「見えざる人生」(2019)
作品解説
- 監督:カリム・アイノズ
- 脚本:ムリロ・ハウザー、カリム・アイノズ、イネス・ボルタガレイ
- 原作:マルタ・バターリャ 『A vida invisível de Eurídice Gusmão』
- 製作:ロドリーゴ・テイシェイラ
- 音楽:ベネディクト・シェイファー
- 撮影:エレーヌ・ルヴァール
- 出演:ユーリア・ストックラー、キャロル・ドゥアルテ、フェルナンダ・モンテネグロ、フラヴィア・グスマン 他
カンヌ国際映画祭のある視点部門にて作品賞を受賞したブラジルの作品。
運命に引き裂かれたある姉妹のそれぞれの人生を描きます。
マルタ・バターリャの小説を、カリム・アイノズ監督が映画化。2020のアカデミー賞、外国語映画賞部門にブラジル代表として出るようですね。
第16回のラテンビート映画祭にて上映されていて、注目作品だったので観賞しました。
平日の夕方の回で、私も仕事を早上がりしたのですが、来れる人が限られるのかそんなに多くの人が入っているわけではありませんでした。
~あらすじ~
1950年代のリオデジャネイロ。
大人びて恋愛を始めた姉ギーダとピアノが好きで音楽院に通うことが夢の妹エウリーディス。
仲の良い二人はいつも一緒に過ごしていたが、ある夜姉のギーダが付き合っていた船乗りと駆け落ちしてしまう。
残されたエウリーディスは、その後金持ちの家の息子と結婚することに。
しかししばらくして、姉のギーダは家に帰ってきたのだ。お腹には赤ちゃんを抱えて。
私生児を設けたこと、勝手に駆け落ちしたことに激怒した父は、ギーダを勘当し、彼女は貧困層の暮らす町へと移る。
そしてギーダは、エウリーディスがピアノのため音楽院に通っているという父のウソを信じ、妹の幸せを願って手紙を書き続ける。
その一方、何も知らないエウリーディスは、愛のない結婚生活の中で、船乗りと幸せに暮らしている姉ギーダの幸せを想うのだった。
感想レビュー/考察
観終わって思うことは、耐えきれないこと。
エンドロール中から劇場を出て駅に向かうまで、そして寝るまでも、心が感情でいっぱいでした。抱えきれないほど、涙で出しても足りないくらい激しい感情を沸き起こす作品でした。
あんな状態で劇場出たの、「アベンジャーズ/エンドゲーム」以来かもしれません。
作品のプロットとしては、往年の悲劇ドラマというか、大河的な叙事詩で、ユニークな話ではありません。
ただこの描かれ方の美しさや、入れ込まれた語られない女性としての物語、弱者の輝きに打ちのめされるのです。
この作品は主に2つのパーツが折り重なっていると感じました。
一つは非常に女性映画と言っていい、普段ちゃんと描かれない、女性であることからくる苦難を生々しく、観客に嫌悪感や苦しさを共に感じさせるような力強さ。
そしてもう一つは、その過酷さと悲哀の中で、自分ではない誰かを想うことで人が生きていくこと。
前者から見ていくと、とにかく身体的拘束が目立ったように思えます。
姉妹はどちらも出産をしますが、男性の存在があろうとなかろうとやはり身体で抱えるのは女性です。
エウリーディスにいたっては自分の身体の選択というべき、妊娠の選択もできずに。
赤いライティングの中、ほとんどレイプといっていい性行為(作品全体に性描写が強く愛が感じられない設計ですね)が描かれるのもありますが、直前にワンカット、エウリーディスに向けられる男性器のショットが心地悪い。
あのこちらに男性器が向けられているカットは、エウリーディスの視点を完全に観客に体感させるもので、嫌悪感が凄まじいです。
身ごもることで社会的地位が変わり、エウリーディスは自身の夢が停滞する。
マタニティリーヴもありますが、子どもを持つという男女の行為において、キャリアという点で一時的にでもストップするのって女性ですよね。身体が影響を受けますから。
妊娠を知った時のエウリーディスの表情は、ますますピアノから遠ざかることに絶望したようでした。
一貫して男がロクなのがいない。人というかデカいチンコでしかない男たちに、愛を求めても仕方ないでしょう。セックスで顔も見ないんです。
極めつけとしてはジャンプカットが残酷なのも印象に残っています。
結婚の日に飛ぶ、すでに子供が生まれている、そして最後の跳躍。
この姉妹は点だけを残される。彼女たち自身のポイントも過程もなく。ふと次の場面に行けばもうどうも戻ることなんてできない状況にいる。
それでも、スラムの中、妹が夢を追って幸せに過ごすことを想いギーダは懸命に生き、エウリーディスもまた、空虚な日常を、船乗りとの愛に満ちたギリシャの生活を送る姉を想い暮らす。
赤と緑の補色関係が画面色彩として印象強いですが、情熱的な赤よりも安らぎの緑を得るところの方が美しく感じます。赤はなんだか常に危険信号というか、あまりいい場面に使われていない気がしました。
二人が出会いそうになり出会わないとか、なんだか一昔以上前のすれ違いロマコメみたいですが、心の崩壊はどちらも観ていてつらかったです。
ギーダが得た父/母の存在の死。(あそこで身売りが入るのも何とも辛い・・・)
そしてギーダは本当に自分を葬るしか、生きていく術がなくなってしまい、そのことがエウリーディスを壊してしまう。
ギーダがいなくなってすぐ、エウリーディスはギータが使っていた香水のしみ込んだ枕に顔をうずめます。また後半も香水をかけるところがあり、あれもやはりギーダの香りなのでしょうか。
姉の想い出を焼き捨て、そして自身にとって唯一の自由であったピアノに火を放つ。あの瞳の輝きのないエウリーディスを観るのは本当に辛かった。
ただこうしてすれ違いながらも最後まで互いを愛していた姉妹の絆がとにかく美しい。
悲哀、愛情、寂しさとやっと会えたような嬉しさ。涙で出していたのですが、それでも湧き出る感情が止まらなかったラスト数分間。
女性が犠牲を払う苦難を主軸に、美しく悲しい姉妹愛を描く本当に素晴らしい作品でした。
誰にも夢も希望も聞かれず、ただ秘めた想いを抱え続けそれを支えに生きる人が、実際にいるわけです。
見えざる人生ということですが、ギータもエウリーディスも、二人の生は観客が目に焼き付けることになるでしょう。私は絶対に忘れません。
非常に心に残った作品でした。
感想は以上となります。できれば一般公開もしてほしいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。それではまた次の記事で。
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