「君の誕生日」(2019)
作品概要
- 監督:イ・ジョンオン
- 脚本:イ・ジョンオン
- 製作:イ・ジョンオン、イ・ドンハ、イ・チャンドン
- 製作総指揮:キム・ウテク
- 音楽:イ・ジェジン
- 撮影:チョ・ヨンギュ
- 編集:シン・ミンギョン
- 出演:ソル・ギョング、チョン・ドヨン、キム・ボミン、ユン・チャンヨン 他
2014年に韓国で起きたセウォル号の沈没事件。そこで最愛の息子を失った夫婦と残された妹、その他の遺族や周囲の人々を描くドラマ。
監督はイ・ジョンオン。
主演は「シルミド」や「殺人者の記憶法」などのソル・ギョング、そして「シークレット・サンシャイン」などのチョン・ドヨン。
韓国映画においてもやはりセウォル号については直接的にそれ自体を取り上げていることはあまりなく、今作はそんな、いまだ傷がいえずなかなか取り上げるのも難しい事件に向き合います。
今作で亡き子の母を演じたチョン・ドヨンは、第56回百想芸術大賞女性最優秀演技賞を受賞しました。
日本でも2020年に公開されていましたが当時はあまり注目しておらず。
配信されている中で評判が良かったので鑑賞しました。
~あらすじ~
スンナムは娘イェソルと二人で暮らしている。
そこにある日、夫でありイェソルの父であるジョンイルが帰ってきた。ジョンイルは外国で単身赴任しており、韓国に戻ったのだが、スンナムはジョンイルを家に入れなかった。
ジョンイルは翌日にイェソルの学校へ彼女を迎えに行き、久しぶりに親子で過ごすのだが、家に戻ってもスンナムはそっけない。
これまで家を空けていたこともあるが、それ以上に、夫婦には大きな喪失による悲しみと亀裂があったのだ。
それは二人の息子スホ。彼を失ったこととその整理がつかないことで、スンナムは精神的に疲弊し、ジョンイルは支えになれないことが辛かった。
ある日、スホの誕生日が近いことから誕生日会を開くことを提案されるが、ジョンイルが賛成する中でスンナムは嫌悪感をあらわにしていた。
感想/レビュー
触れ込みとしてはセウォル号の事件、事故を正面からとらえていくドラマとなっています。ドラマですので、事故を捉えた臨場感あふれるアクション映画ではありません。
凄惨な事故、事件を再現したパニック映画ではないのでその辺勘違いのないようにしたいところです。
私としてもそれは倫理的に許せないので良かったですが。そんなことをしたら、大きな悲しみを消費物にして楽しむ非常に悪趣味な映画になっていたことでしょう。
人と魂に寄り添い、セウォル号事件を描く
イ・ジョンオン監督はそこで事故というモノを大きな代えがたい事実として置き、それが周りの人間や社会、韓国という国に与えている衝撃を描きます。
しかしそこでも、事故の原因追及だったり社会的な論争にはしません。
ずっとずっと個人的なドラマに仕上げています。
そしてその正直さには本当に感心しました。
あの事件を題材に映画にするというのなら、本当にこれが正解なのではないでしょうか。
もともと監督が遺族の方々にインタビューを重ね、そこから映画化しているということもあり、これは人と人の魂に寄り添った作品になっています。
音楽の不在と寂しさ
作品はほとんど全編で音楽を排しています。これは登場人物たちの心情を投影します。
静寂は寂しさと虚しさを強め、ただただソホのいないことを浮き彫りに。
音楽がかかっているような気分ではない。人生における彩や幸せが無くなってしまっていることを、音楽がないことで表現しています。
時に流れるシーンというと、今と昔の境界線を曖昧にした過去の回想シーンのみ。
幸せだったころの記憶を噛みしめ、抱きしめるときだけ、ジョンイルにもスンナムにも音楽が流れるわけです。
痛いくらいの正直さ
この作品がそうした主観的なドラマを映像や音楽の表現に落とし込んでいることに加えて、私は厳しいまでの正直さもすごく好きでした。
スンナムがイェソルに対して理不尽に怒り、外に出してしまうシーンがあります。もちろん、ソホを失ったのはイェソルも同じですし、母としてやっていいことではないのですが。
しかしあの身勝手とも、八つ当たりともとれる描写。愛する者にすらああいう態度をとってしまう、それほどまでに抱え込めない感情。
あの演出はすさまじく効果的でした。スンナムもどうしようもないから。
チョン・ドヨンの演技もあって小さなところが素晴らしい。
また、その個人のドラマの外側にまで誠実なのが好きです。
まずジョンイルがすぐに韓国に帰っていない、その逃げのような姿勢も好きですが、スンナムが泣いていることに対しての隣人の娘の態度ですよ。
要するに「うるさい。」なのです。ですが、これを描けるって本当に真摯だと思いました。
スンナムがソホの部屋で泣き崩れている夜、隣のおばさんは気遣いながらも、娘は家を出て勉強しに行く。
当事者の視点のみであれば別ですが、このように厳しいながらもその当事者の周囲にいる人間の正直な意見、感覚というのまでも入れ込んでいる。
私はこういう誠実な映画が好きです。
芸術が現実の癒しになれるなら
セウォル号の事件も、亡くなった子供を想う親の気持ちも、映画で再現しきることはできないしすべきでもないのでしょう。
ただ素晴らしい演技と演出から、この映画を通して感情を共有し少しでもともに泣けるとすれば、それは遺族の方々やこの事件に関して知る人々、映画を見る人たちの癒しになるのではないかと思います。
少しでも間違えれば悪趣味な消費になってしまうほどのセンシティブな題材に、非常にいいバランスで取り組んでいると思いました。
今回の感想はここまでです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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