「ANORA アノーラ」(2024)
作品解説
- 監督:ショーン・ベイカー
- 製作:アレックス・ココ、サマンサ・クァン、ショーン・ベイカー
- 製作総指揮:グレン・バスナー、ミラン・ポペルカ、アリソン・コーエン、クレイ・ペコリン、ケン・マイヤー
- 脚本:ショーン・ベイカー
- 撮影:ドリュー・ダニエルズ
- 美術:スティーブン・フェルプス
- 衣装:ジョスリン・ピアース
- 編集:ショーン・ベイカー
- 出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、バチェ・トブマシアン 他
「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」、「レッド・ロケット」などで注目を集めてきたショーン・ベイカー監督が、ニューヨークを舞台に描くスクリューボールコメディ。ストリップダンサーのアノーラが、ロシアの御曹司と結婚したことから始まる波乱の奮闘劇を描きます。
主演を務めるのは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」などのマイキー・マディソン。アノーラの恋の相手となるロシアの新興財閥の息子イヴァンを、若手俳優マーク・エイデルシュテインが演じています。
第77回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、第97回アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演女優賞・脚本賞・編集賞の5部門を受賞するなど非常に高く評価されています。
ショーン・ベイカー監督作品はやはりヘンテコな設定と対象人物でありながら、とても泡フルで楽しく、それでいて現実の社会で生きることの痛みを素直に伝えて共感できる。
評判の良さもありつつ、まずは監督の新作という時点でかなり楽しみにしていました。公開週末に早速観に行ってきましたが、朝早めの回ですが結構人が入っていました。
ちなみに見たのが3/2(日)。3/3(月)にはアメリカアカデミー賞の発表があり、そこで作品賞含めて5つも獲得したのですごくフレッシュな体験でした。
~あらすじ~
ニューヨークでストリップダンサーとして働くロシア系アメリカ人のアノーラは、クラブでロシアの御曹司イヴァンと出会う。
彼が帰国するまでの7日間、1万5000ドルの報酬で「契約彼女」となることを引き受けたアノーラは、パーティやショッピングなど贅沢な日々を満喫する。やがて2人は衝動的にラスベガスの教会で結婚。
しかし、この知らせを聞いたイヴァンの両親は激怒し、結婚を阻止するために屈強な男たちを送り込む。さらに、ついにはイヴァンの両親自身がロシアからニューヨークへと乗り込んでくる。
両親がやってくることを知ったイヴァンは独りで逃走。ロシア人の男たちやアノーラはイヴァンを探し回り一晩中ニューヨークを駆けまわることに。
感想レビュー/考察
知らない世界の知らない人と繋がる
「タンジェリン」も「フロリダ・プロジェクト」も、そして「レッド・ロケット」も。ショーン・ベイカー監督はまず社会の片隅に存在する人たちにカメラを向けています。
そして彼らはセックスワーカーであることが多い。
映画というモノが、遠い国や異なる文化、自分とは全く異なる背景を持つ人物たちと、自分を繋げてくれるメディアだとすれば、その意味での映画のマジックを炸裂させてくれるのが、監督の持ち味です。
今作の主人公はニューヨークのストリッパー。ロシア語圏にルーツを持ち、バックグラウンドも現在の職種もアメリカ社会では格差のある、下層に追いやられてしまう若い女性です。
強烈なネオンライトと激しい音楽に浮かび上がるのは胸をさらけ出した女性たちと彼女たちを自分に跨らせる男たち。
ここがアメリカ。金とセックスと権力を基本構造としたなんとも素晴らしい国なのです。
ただそこで、こうした社会的に弱い立場や貧困の中にいる人を哀れんだり搾取したりはしません。
描き出すアノーラたちは決して薄暗くて色合いに欠けたような空気は持っていない。むしろ非常にパワフルです。
どんどん転がるコメディ劇
気丈で強いアノーラが、それでもシンデレラストーリー、もしくはアメリカン・ドリームといっていいかもしれない、超大金持ちとの結婚を掴もうとする。序盤にはやはりどことない危うさを感じさせます。
なにせ御曹司であるイヴァンが完全にアノーラを性的な対象としてしかみていない。未成熟で自分本位、ゲームをしながら親を怖がるアホだからです。
アノーラを気にかけるような描写がなくて、基本的には自分が主語になっているのも結構危険です。
だからもちろん、親が来るとわかるとアノーラそっちのけで逃げ出してしまうんですよね。
そこから始まるスクリューボールコメディのように邁進していく様が、非常に楽しく、映画全体ではなかなかの長尺ながらも全く飽きない作りです。
誰もが金持ちに仕えてる
注目したいのはなんだか間抜けなイヴァンを探す男たち。全然屈強じゃないしドジだし、彼らに比べるとアノーラが最も切れ者。とにかく笑えます。
ただ、ロシア人のために働くアルメニア系の男とか、実際にはロシア人ではない人たちがひた走るところにも意味はあるかと。ところどころで母国語を話しているわけですが、きっとロシアのオリガルヒにいいように使われているんでしょうね。
その辺を深くは描かないようにしていても、世界中での格差にも意識を向けているのかと。
誰もかれもが、このロシアの富豪に使役されている。繰り返すように、セックスと金と権力の世界なんです。
現実の痛みをリアルに切り出す
アノーラたちの一晩の奔走は非常にリアルです。夜の街と喧騒、冷たい風の吹くビーチ。
途中でトロスがイヴァンを探して訪れるお店は、撮影場所ではなくて監督たちがアポなしで乗り込んだ場所だそうです。ですので、本当にパーティをぶち壊して、人探ししている感じで乗り込んだとか。
こういった質感はリアルを切り取るベイカー監督らしくていいですね。
撮影のほかにも衣装面で面白さがあります。
アノーラとイヴァンのカラーですね。二人が同じ系統の色の服を着ないこととか、一人がカラフルだともう一人はダークトーンだったり、マッチングが完璧ではないことを示唆していたり。
あとメイクアップのところ、アノーラの髪に入っているティンセルがキラキラとしていて綺麗でした。
パッと見ただけでは気づかない、アノーラの輝き。それはロシア人からは”ただの娼婦”なんて言われてしまう彼女も、よく見ると素晴らしい輝きがあることにもつながっていると感じられます。
アノーラをちゃんとみているイゴール
イヴァンは結局、アノーラを愛してはいなかった。金や権力を持っている人間にとって、弱い人間なんて遊び相手。本気で愛するとか、結婚するとかはない。イヴァンはただ親に反抗したかっただけ。
ほんの少しでも良心をみせないところにむしろ感心するくらいです。
この中でごろつきと言われたイゴールだけが、アノーラを見ています。彼はよくアノーラを目で追っていて、何かあればそっと顔を覗き込んでいる。心配しているようにも見えた彼が、イヴァンの両親に、アノーラに謝罪するように言う。
翻弄して結婚しておいて、やっぱり破棄させるなんて、金と権力があったらやっていいことではないから。
思えばイゴールだけが、アノーラが寒くないか聞いて、気にかけていた。
見た目は最高にキュートでパワフルでも、やっぱりすり減っていく
魅力的で強くて、突き進むアノーラ。ダンスの練習もして、セックスシーンも演じきったマイキー・マディソンが確かな力を見せている。
アノーラは手首に蝶のタトゥーを入れています。部屋の壁の絵にも、あと来ていたTシャツにも蝶が。
夜の蝶って言い方も出てきますが、幼虫から返信して美しく羽ばたくという意味で、アノーラが今回の件を通して成長するような示唆もあるでしょうか。
ただ、気丈で誰よりも強い彼女でも、やはりすり減って傷ついている。「フロリダ・プロジェクト」のラストのように、今作もラストカットが炸裂してる。
あらゆる喧騒が終わって、ばっさり切り捨てられて、ただ大きく傷が残ったアノーラが、最後に初めて涙する。
悔しさも疲れも、悲しさも。あらゆる感情があふれてきた彼女を、抱きかかえるイゴール。完璧な彼ではないけれど、最初にアノーラが逃げないように抱きかかえたところと呼応しながら、優しい抱擁が美しいシーンでした。
作品賞受賞などもあってこれからさらに注目を集める作品で賞。ベイカー監督の視点も、描き方もすごく彼らしい作家性を感じるいい作品でした。
今回の感想はここまで。ではまた。
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