「スパイダーマン:ホームカミング」(2017)

  • 監督:ジョン・ワッツ
  • 脚本:ジョナサン・ゴールドスタイン、ジョン・フランシス・デイリー、ジョン・ワッツ、クリストファー・フォード、クリス・マックナ、エリック・ソマーズ
  • 原案:ジョナサン・ゴールドスタイン、ジョン・フランシス・デイリー
  • 原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ
  • 製作:ケビン・ファイギ、エイミー・パスカル
  • 製作葬式:ルイス・デスポジート、ヴィクトリア・アロンソ、パトリシア・ウィッチャー、ジェレミー・ラーチャム、アヴィ・アラッド、マット・トルマック、スタン・リー
  • 音楽:マイケル・ジアッチーノ
  • 撮影:サルヴァトーレ・トチノ
  • 編集:ダン・レーベンタール、デビー・バーマン
  • 出演:トム・ホランド、ジェイコブ・バタロン、ゼンデイヤ、マイケル・キートン、ジョン・ファブロー、ロバート・ダウニー・Jr 他

実写スパイダーマンは、サム・ライミ監督による3部作が作られ、その後にはマーク・ウェブ監督によって、「アメイジング・スパイダーマン」シリーズが製作されました。

後者は残念ながら打ち切り状態となってしまいましたが、スパイダーマンの人気は高く、現行のMCUへの参加が長く望まれていましたね。

そして、2016年の「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」にてついにMCU版のスパイダーマンが登場、演じたのは最年少スパイディとなるトム・ホランドでした。

今回は彼の単作映画となり、監督には「コップ・カー」で有名なジョン・ワッツ監督。

また、今作でのヴィランには、バットマンでありバードマンであり、翼のあるキャラはお任せのマイケル・キートンが参加です。

公開日に観ましたが、日劇という事もあってなのかかなり混んでました。一応IMAX3Dも考えましたが、アス比や明瞭度も良いのですが、最近IMAXに疲れてきたので2Dで鑑賞。

やはり若い人にも人気で、MCUは全然知らないけどスパイダーマンだから見に来たという人もいましたね。

トニー・スタークにリクルートされ、カッコいいスーツで街を守るスパイダーマンことピーター・パーカー。しかし、ヒーロー生活は想像と違い、退屈な毎日だった。アベンジャーズへの道を期待するも、スタークからの連絡はない。

そんなある日、銀行強盗を見つけたピーターは、チャンスとばかりに悪党退治に繰り出すのだが、強盗は脅威的なテクノロジーを持った武器を使ってきた。思い上がりで大損害を出したこと、そして更なる脅威のため、彼は一人で問題に対処することを決意する。

今作で実写映画としては第6作目となるスパイダーマン。

サム・ライミ版、マーク・ウェブ版ときて、また新しく始まるわけですが、なんといってもMCUの一部であることは特徴になっています。初登場の「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」(2016)から直接の続きでもありますからね。

その点で、成り立ちゆえのフレッシュな感覚はあったかもしれません。オリジンという立ち位置でスパイダーマンになるきっかけを描くことはもう省略。過去に繰り返されたベンおじさんももう既にいません。

そういう面では、フレッシュさはプラスであると同時に、こうしたドラマ化した映画群の宿命も背負っています。単純に単作として観れないのです。

出自も過去作による、ある意味一般共通認識に投げていますし、導入がしやすいのも、MCU内部での紹介が既に済んでいるからでしょう。

今作は外側の力が大きいわけです。

ただし、今作はそこは上手く先輩の恩恵にあやかりつつ、しっかり今回のスパイダーマンの特色を持たせていると思います。

なにせ最高に幼いのですから。

今までの青年感よりもっと(まあ今作は設定が15歳ですし)子供っぽいのです。その幼いコミカルさは間抜けでありまたかわいらしく、全編楽しく観ていられました。

設定にもそれは色濃く感じられ、制圧力の低さや蜘蛛糸での移動のスケールの小ささなど、まだまだポテンシャルはあるものの、力不足な感じがありましたね。

幼さを強調したことで、ある2つの要素がより強く感じられていると思います。

ピーターをどちらかと言えば、ポテンシャルのある無垢として描けば、対極にいるものがありますね。

まずひとつはアイアンマン。ピーターにとっては憧れであり、そして父のような存在です。

MCUの素晴らしいところは、クロスオーバーが単に顔出しだとか賑やかしではないところです。今作はアイアンマンがMCU史上最も頼りがいがあります。今まではやれ自己中だの、ウルトロン事件だの言われたトニー・スタークも、ピーターとの合わせでは、先輩、ベテランヒーローの風格が見えますね。保護者としての安心感をアイアンマンに感じる日がこようとは。

そんな大人な存在と言うのがもう一つ。しかしこちらは大人であるがゆえに恐ろしい存在。

今作の悪役、マイケル・キートン演じるバットマン・・・じゃなかった、バードマン・・・じゃなくて、ヴァルチャーです。

今作はOPから彼の正体も動機もすべてが明かされています。彼を謎に包む必要はないのですね。なぜなら何か超越した悪である必要はないからかと思います。

ヴァルチャーの象徴するものは、地続きの大人だと思われます。大人の怖い側面、容赦のない世界。マイケル・キートンはそういう面ではナイスキャストだと思います。眼で色々出せる人ですからね。

こちらヴァルチャーには、大人ゆえの事情がありましたね。悪が好きなのではなく、すべきことをしているわけです。

ピーターにとっては、もはや遊びでなく、セーフティネットもない、完全シリアスな領域。盗人やチンピラレベルではなく、本気で殺しに来る敵として、幼さがあるほど対比的に恐ろしくなるのでした。

陰と陽のふたつの面での大人、父の存在を経て、ピーターは成長します。

囲いの中ではなく、自由かつ容赦のない世界に出て戦っていく。与えられたものではなくて、自らの力とポテンシャルで頑張っていこうという少年の決意は熱いものです。

「アイアンマン3」(2013)でトニーが経験したように、スーツなしでの真価を試されたのですからね。

しかし、一方で今作は非常に切ない感覚もありました。

力をもったタイミングと言うのがかなり若いこともありますが、彼はスパイダーマンであろうという願いと引き換えに、ピーター・パーカーとしての人生も削ってしまうわけです。

ホームカミングのイベントは、強いストロボやライティングが悪夢のような感覚になってしまったし、そもそもイベントに参加できません。また、大好きな女の子と一緒に過ごすチャンスすら捨てざるを得ず、そして間接的にですが彼女を遠ざけることに。

彼は自身の青春や少年期よりも、”自分にできることをすべきときにする”ことを選んだのですね。

そして彼の選択はしっかり2人の父を投影しており、自身の力で頑張っていくと言うだけでなく、神のような存在にはならずあくまで、そうした雲の上の存在が見向きもしない、地上の人々に寄り添うことを選んでいます。

ヴァルチャーの想いも理解して、親愛なる隣人になることを選んだピーターにはなんとも誇らしい気持ちになりました。

スーパーでもヒーローでもなくていい、ただ、困っている人を助けたい、優しい少年の心のままのスパイダーマンです。

少々歴史や外部の力を借りているものの、新たなスパイダーマン映画を始めるにあたって、今作がどんなスパイダーマンなのかを明確にし、フレッシュさをまた吹き込んだMCU版スパイディ。

私としてはあまりニューヨークの摩天楼を飛び回らないことが、逆に今作の魅力にも思えます。アイアンマンの真似はしないし、かといって大それたこともしない。少年が必死に大人の世界でもがき、自分の位置を見つける素敵な作品でした。

今後も3部作の予定だとか、次はインフィニティ・ウォーで活躍するとか、まだまだあります。成長期として応援していきたいです。そんなところで終わります。それでは~

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です