「シャザム!」(2019)

  • 監督:デヴィッド・F・サンドバーグ
  • 脚本:ヘンリー・ゲイデン
  • 原案:ヘンリー・ゲイデン、ダーレン・レムケ
  • 原作:フォーセット・コミックス 『キャプテン・マーベル』
  • 製作:ピーター・サフラン
  • 音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ
  • 撮影:マキシム・アレクサンドル
  • 編集:カーク・M・モーリス
  • プロダクションデザイン: ジェニファー・スペンス
  • 衣装:レア・バトラー
  • 出演:ザッカリー・リーヴァイ、アッシャー・エンジェル、ジャック・ディラン・グレイザー、マーク・ストロング、ジャイモン・フンスー 他

DCコミックのヒーローシャザムがDCEUの仲間入りを果たす今作。

監督は「ライト/オフ」(2016)や「アナベル 死霊人形の誕生」(2017)などを手掛けたデヴィッド・F・サンドバーグ監督。

シャザムとなる少年をアッシャー・エンジェル、そしてシャザムをザッカリー・リーヴァイが演じます。

また主人公の親友となる少年は「IT/イット ”それ”が見えたら、終わり。」のジャック・ディラン・グレイザーが演じています。

また悪役にはマーク・ストロングが出ていますね。

DCコミックスは今年「アクアマン」も日本公開されており、単作ヒーロー映画では最近調子が良く、今作も批評家からも観客からも好意的に評価されています。

自分はザッカリー・リーヴァイがTVドラマ「CHUCK」の頃から好きで、まさかあの彼がスーパーヒーローという嬉しさから楽しみにしていました。

公開週末、IMAXにて鑑賞、結構人も多く若い人がたくさんで、終始笑いの絶えない素敵な劇場体験でした。

幼いころに母と離れ離れになってしまったビリー・バットソン。

里親を転々としていた彼は、グループホームにたどり着く。

そこでは同じく里子として引き取られた色々な子供たちが暮らしており、中でも足の悪いフレディはビリーに何かと話しかけてくれた。

ある日フレディをバカにする学校のいじめっ子を殴りつけ、電車に逃げ込んだビリーだったが、なぜか電車がついたのは妙な宮殿のような洞窟だった。

そこには自らを魔術師という老人がおり、彼の言う通りに杖を持ち、魔術師の名前”シャザム!”というと、ビリーは大人のヒーローに変身した。

思いもよらないスーパーパワーに、ビリーはフレディと一緒にはしゃぎまくるのだが、その一方でシャザムの力を求める悪しき者が動き出していた。

DCコミックスの映画の中で、おそらく最も緩くてコメディ色が強く、それでいて初見さんにも、というかヒーロー映画初めての方にもおススメできる秀逸な作品でした。

またシャザムというヒーローの立ち位置が独特であり、飽和気味のスーパーヒーロー映画の中でもまたフレッシュな感覚をくれているのも大きな魅力だと思います。

またスーパーヒーロー、アメコミ映画かと飽きている方にこそオススメかもしれません。

主人公ビリーとフレディのスーパーパワーの実験から、コメディ全開ですが、通じて一緒に能力を把握していけるのは良いところだなと感じました。

持て余しの力で遊びまくっているシーンも楽しいです。

また、変身によって大人になる部分をうまくネタに組み込んでいますし、終始楽しく笑って観れるんです。

私はそれが、ザッカリー・リーヴァイの力と魅力あってこそだと感じました。

30代の男がレッドスパンデックスにホワイトマントで雷マークを胸に刻んでいる。

その姿でありながらも、彼はしっかり中身が15歳の少年に感じる演技を見せてくれます。

この部分がしっかりしていないと、シャザムは上手くいかないと思うのですが、それを見事にやってのけます。

表情や仕草にしゃべり方。本当に子供らしい。

ザッカリー・リーヴァイで大正解じゃないでしょうか。

彼のシャザム、そして作品全体を包むライトでカラフルな空気。

昨今のヒーロー映画にある一定のシリアスさがなくて、ファンタジックです。

どこまでも無邪気で、超人的な力とか魔法とかと現実に一定の距離を設けて、あえて細部には突っ込まないのです。

どちらかというとリチャード・ドナー版「スーパーマン」(1978)の頃のヒーロー映画に近い印象でした。

おとぎ話なんですよね。

私にとっては子供の頃の絵本の世界に入ったような、童心に帰る時間でした。

純粋無垢な心を持ったものが、力を受け取れる。

マーク・ストロング演じるサデウスができなかったのは、他者を思いやることでした。

サデウスもビリーも、親に見放された存在であることに変わりはないのですが、フレディたち家族のために立ち上がるビリーと違って、サデウスは最後まで利己主義です。

ヒーローオタクのフレディに文字通りヒーローになる方法を教わって、ビリーは立ち上がります。

何より、独りよがりで”何者か”(someone)になるのではないのです。

それでは、いじめっ子と同じ。

そして何より、自分のことだけを考えてビリーを捨てた母や、その他ホームのみんなを捨てたどこかの誰かと一緒になってしまう。

みんな本当はそれぞれスーパーパワーを持っているのかもしれません。

ただ、Youtubeで再生数を稼いでいた二人のように、どうも自分のためにヒーローになろうとしてしまう。

そうじゃなくて、誰かのために立ち上がるからヒーローになれるのです。

自分をヒーローにしてくれるのは、空飛ぶ能力や手からでる電撃、怪力や超速なんかじゃない。

大事な人のために勇気を出すことなんだ。

そんなヒーロー論としてとても輝く作品であり、また居場所のなかった少年がやっと家を見つける話でもあり。

身寄りのないみんなが集まって、分かち合うことで全員がヒーローになるというのも、とても現代的かつ今までになかった多様性ヒーローでとても素晴らしかったです。

特別な人が特別な存在になるんではなくて、ハンディキャップがあろうが身寄りがなかろうが誰でもヒーローになれるということを示す作品。

アイデンティティーのないヒーロー、それがシャザム。

ただ純粋な心で、誰かのためを思い「シャザム!」と唱えれば、私たちはみんなスーパーヒーロー。

「ワンダーウーマン」「アクアマン」に、DCは単作ヒーロー映画が結構好きなの多く、最近はとても楽しんでいます。

これからもあまりユニバース感とか気にせず、真っ直ぐ素敵なヒーローの活躍を描いてほしいですね。

シャザムはハードルも低く、笑って楽しめるどこかノスタルジックなヒーロー映画でした。是非劇場で鑑賞してみてください。

ということで感想はこれくらいです。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

ではまた。

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