「突然に」(2022)
作品概要
- 監督:メリサ・オネル
- 脚本:メリサ・オネル、フェリデ・チチェキ
- 出演:デフネ・カヤラル、オネル・エルカン、シェリフ・エロル 他
トルコのメリサ・オネル監督が、ある日突然嗅覚を失ってしまった女性と、彼女の故郷での想い出をめぐる様を描くドラマ映画。
監督自身も脚本を手掛けた作品になっています。
主演はNETFLIXシリーズ「エートス: イスタンブールの8人」で知られるデフネ・カヤラル。
今作は東京国際映画祭の「アジアの未来」部門で上映されました。
設定がおもしろそうだったことで鑑賞してみた作品で、またあまりトルコの映画も観たことがないので楽しみにしていました。
当日は監督と脚本家の方の登壇がありQAセッションも行われました。
〜あらすじ〜
30年の間をあけて、故郷のイスタンブールに戻っていたレイハン。
夫の仕事の都合でまたすぐにこの地を離れることになっているが、彼女には幼い頃の記憶と、胸に抱えた想いがあった。
そしてある日突然彼女を襲ったのは、嗅覚の喪失。
匂いが感じ取れなくなった彼女は、ふいに夫に内緒で地元のホテルの求人に応募し、そこで働き始める。
港にいる女性を気にかけ、目の見えない男性と出会う。
レイハンの過去と、今求めているものとは?
感想/レビュー
最初に観ていると、そのときは主人公レイハンの無軌道さに振り回された気がします。
彼女のとる行動についてその背景が分からず、またすごく突飛に思えるからです。
しかし映画はその歩みを追っていくことで、理由を明らかにしつつ、普遍的に人間に襲い掛かる衝動と欲求を共有させてくれました。
人生において、ふと今の全てが嫌になり間違っていると感じること。この場から逃げ出し、持てる全てをなげうってしまいたい思い。
人生を大きく変えたいというどこからくるのかも分からない、いつ来るかも分からないそんな衝動を、レイハンを通じて描いているのだと思います。
これまでの世界のとらえ方が変わる
その欲求を突き動かしていくのは今作の重要な要素である嗅覚の喪失だと感じます。
”欠けている”という状態をレイハンは持つわけで、満ち足りていないというのがここで強調されています。
だんだんと明かされていきますが、レイハンは自分の意志で人生を歩んでいなかったのでしょう。
あくまで住む場所も夫の都合で決まってきた。自分としては友達でいたかった女性も、母の感情から拒絶せざるを得なかった。
そこで嗅覚を失うことで、レイハンにとってこれまでの世界が全く異なるものになる。今までと同じでも全然違う。
全てが新しいからこそ、今までと全然異なる行動をとっていく。ある意味で大胆になっていくのでしょう。
嗅覚を排除して他の感覚を使わせる
映画としては嗅覚というのはあまり意識してこなかった要素です。
というのも、普段からビジュアルとサウンドの部分に注視していたからです。
匂いという部分についてはどうしても想像するしかない。(映画の中の臭いを再現して場内に流すわけにはいかないですからね)
そこで今作は触感だったり他の五感に焦点を当てていました。
貝をぐっと手でつかんで見せるシーンなど、カメラはその手に寄ります。
そこでは映像という視覚、効果音という聴覚に強く働きかけています。あそこまで触覚を意識させられたのはいつ以来だろうかと思いました。
不思議なもので、目を、耳を通しているのですが、手に訴えかけてくる。
女性の自分探しの旅なんて言ってしまうと、本当によくある話でしかないですが、そのアプローチ手法とモノの特殊さが際立ち、新しい映画体験をくれています。
ラストのベール、レイヤーのように折り重なりシーツと、長年のわだかまりを抱えていた母と娘のシーン。見えているようで見えていなくて、認知しているようでできていない。
レイヤーをめくってもたどり着けない関係性は切なさを纏っていました。
感覚をテーマにしていますが、ある女性が自身の解放や本性を追求する話として、アプローチが風変わりで楽しめた作品でした。
今回の感想は以上です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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