「ドリーム・シナリオ」(2023)
作品解説
- 監督:クリストファー・ボルグリ
- 製作:ラース・クヌードセン、アリ・アスター、タイラー・カンペローネ、ジェイコブ・ジャフク、ニコラス・ケイジ
- 脚本:クリストファー・ボルグリ
- 撮影:ベンジャミン・ローブ
- 美術:ゾーシャ・マッケンジー
- 衣装:ナタリー・ブロンフマン
- 編集:クリストファー・ボルグリ
- 音楽:オーウェン・パレット
- 出演:ニコラス・ケイジ、ジュリアンヌ・ニコルソン、マイケル・セラ、ディラン・ゲルラ 他
「PIG ピッグ」などのニコラス・ケイジ主演、平凡な大学教授が突如として多くの人々の夢に現れたことをきっかけに巻き起こる予測不能な事態を描いたスリラー映画。
共演には「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のジュリアンヌ・ニコルソンや「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」のマイケル・セラ。
製作を「ミッドサマー」のアリ・アスターが担当し、監督・脚本は「シック・オブ・マイセルフ」のクリストファー・ボルグリが務めています。
監督の長編作品としては2作目で、すでにホームであるノルウェーを離れてアメリカ製作に乗り出した今作ですが、そこにはA24がかかわっていて、いわゆる大作スタジオではなく、クリエイターの作家性重視なスタジオなので安心。
作品お話題は23年中にも海外の映画際でのニュースで観ていましたが、日本での公開は結構遅くなりましたね。
公開週末にさっそく観に行ってきましたが、そんなに混んではいなかったですね。意外なことに若い人やカップルが来ていました。
~あらすじ~
大学教授のポール・マシューズは、平凡な日常を送っていた。
ところが、ある日突然、何百万人もの人々の夢に一斉に登場するという謎の現象が起こり、一躍時の人となる。
メディアの注目を集め、夢見ていた著書の出版話まで舞い込み、思いがけない成功に浮かれるポール。
しかし、夢の中の「ポール」が次第に悪事を働くようになり、その影響で現実の彼も非難の的に。
自分は何もしていないにもかかわらず、スターから一転して嫌われ者になってしまったポールは、この奇妙な事態にどう向き合うのか。
感想レビュー/考察
名声に振り回される男の喜劇と悲劇
クリストファー・ボルグリ監督の長編デビュー作「シック・オブ・マイセルフ」。
なんとも面倒な自己顕示欲と自己承認欲求を持った女性の、笑っていいのかドン引きすべきかのシュールな物語は、ものすごく印象に残っています。
監督が描き出しているのは、名声。注目されることで存在している。だからこそそれを追い求めて、文字通りに崩壊していった女性の姿は、決して他人事だとも言い切れない苦さがありました。
実は今作もそれは全く同じだと感じました。
同じ題材を今度は別の角度から描き出している。
自身を薬の副作用で変形させてまで人から注目を浴びて名声を得ようとした能動的な立場だった前作。
今度は何もしていないのに注目され持ち上げられ、そしてまた何もしていないのに非難され虐げられていくあまりにかわいそうな受動的な立場に変換されていると思います。
勝手に好かれ、勝手に憎まれ
名声とは周囲の人と自分とで成り立ちますが、今作で主人公のポールはそのコントロール不可能な混沌に直面します。
勝手に夢をみられることで、一躍有名人になりますが、そこにポール本人の能動的な行為はありません。自然発生的に見ず知らずの人間に注目され、好かれ、あげくに自宅への侵入もある。
各々が抱いたある種のファンタジーを投影され、笑ってしまうような再現にまでつき合わせられる。
そこから2幕目ではポールが夢の中で言うのも憚られるような悪事を働き始め、これまた勝手に恐れ憎まれ嫌われてしまう。
知らないところでできるファンとアンチ
すべてに言えますが、現代劇としてやはりSNSなどを考えてしまいます。
勝手に見つけて、勝手に覗き、そして入れ込んだりアンチになったり。当人からすれば会ったこともなく、何もしたはずもないのになぜか評判がついている。
何とも迷惑ですが、現代の名声とは多くがこのように形成されているのかもしれません。
特に2幕目の転換からポールがひどい目に遭っていくところは、「またヴィンセントは襲われる」を思いましました。何もしていないのに、意味の分からない悪意と攻撃にさらされてしまうのです。
ただものすごく恐ろしい作品ではなくて、前作のようなシニカルさや笑える点も大いにあります。
ミーム俳優ニコラス・ケイジの存在感
やはりニコラス・ケイジの力ですかね。
綺麗にまとまってもいないヒゲ、禿げ上がった頭。いつもハの字の眉毛。パットしない男ポールの喜劇か悲劇か、ニコラス・ケイジの存在がとてもハマっていました。
情けなさみたいなところ、上手いんですよね。
途中で女性に、夢の中でのセックスが最高だったからと、再現を頼まれるところ、結婚してんだと言いつつもしっかり断れなくて。
家族の中でも実に弱めな男です。
一方では夢の中で悪事を働き始めれば、凶悪な殺人鬼やイカれた異常者のようにも振る舞い、それもハマってしまう。
狂った具合なんて「マンデイ 地獄のロード・ウォリアーズ」を思い出させますし、また日本未公開ですがシリアルキラーを演じた「Longlegs」にも期待が寄せられます。
役者としての幅の広さが活きていますし、ニコラス・ケイジという俳優の特殊さもこのポールの境遇に合っているのです。
何かとミーム的な俳優ニコラス・ケイジ。ある種のブームになってしまう俳優としてはうってつけなのではないでしょうかね。
ちなみに今作の構想は2020年の時点であり、その際にはニコラス・ケイジを起用するとは決まっていなかったそうです。
実際には製作のアリ・アスターがニコラス・ケイジにアプローチをしてくれたそうで、話が進むと彼以外には主演は考えられないほどハマっていたとのことです。
夢と現実のギャップに苦しむのが人生
夢というモノは映画にも似ています。自分の中での構想をビジュアルに落とし込み、非現実をその中でだけは現実とできる。
「シック・オブ・マイセルフ」でも夢は重要なシークエンスでしたが、今作でボルグリ監督は夢が引き起こす奇想天外な物語をみせました。
監督自身、人間は人生の1/3は夢を見て過ごしているし、また起きている最中でも空想的な意味では夢を見続けていると言っています。だからこそそれらを再訪問して、現実との差異を見ることが重要だと語っています。
ポールの夢はほとんど出てきませんが、序盤で見えるのは、彼の願いという意味での夢が本を出版することであることが分かります。
周りはみんな本を出しているのに。アイディアもあるのだけれど、それを盗まれるんじゃないか、自分の名前を隠されてしまうんじゃないかと不安を抱えるポール。
結果としては彼の研究は盗用され、言葉までも奪われてしまいますが、一方で今回のポールが夢に出現する事件を取り扱った本は出版されることになりました。
夢と現実の違いですね。
ポールの願いは自分が何かすること、成すこと。そして家族といたい。でもそれが難しくなってしまい、最後には妻とも離れてしまう。つらい現実の中でポールは妻と抱き合う夢を見ます。
3幕目になってからのマーケット主義の中とその夢の関係性とかは、将来の人間社会の示唆としては分かるものの、乗り切れない変な感じがありました。
ただ、名声のロジックをシニカルに描きこみ、そこに唯一無二のニコラス・ケイジという俳優を当てたことで、この作品は成功していると思います。
アメリカ市場での映画製作でも、その独自の世界観は失われなかったボルグリ監督の今後にも注目です。
今回の感想はここまで。ではまた。
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