「クイーン&スリム」(2019)
作品解説
- 監督:メリーナ・マツーカス
- 脚本:リナ・ウェイス
- 原案:リナ・ウェイス、ジェームズ・フレイ
- 製作:リナ・ウェイス、ジェームズ・フレイ、メリーナ・マツーカス、ミシェル・クヌードセン、ブラッド・ウェストン、アンドリュー・コールズ
- 製作総指揮:ガイモン・キャサディ、ジェイソン・クロース、アーロン・L・ギルバート、パメラ・ハーシュ
- 音楽:デヴォンテ・ハインズ
- 撮影:タト・ラドクリフ
- 編集:ピート・ボドロー
- 出演:ダニエル・カルーヤ、ジョディ・ターナー=スミス、ボキーム・ウッドバイン、クロエ・セヴェニー 他
数多くのMVを手掛け、テレビドラマシリーズ「インセキュア」を監督したメリーナ・マツーカスが初の長編映画監督のデビューを果たす作品。
とある事件から逃亡を余儀なくされた男女のロマンスとそれぞれのドラマを描いていきます。
主演は「ブラックパンサー」や「ゲット・アウト」などのダニエル・カルーヤ、そして「ザ・ラストシップ」などのTVドラマで活躍してきたジョディ・ターナー=スミスが逃亡の旅に出る主人公たちを演じます。
あと、「スパイダーマン:ホームカミング」でショッカーを演じたボキーム・ウッドバインとか、「デッド・ドント・ダイ」のクロエ・セヴェニーも出ていますね。
もともとはダニエル・カルーヤの出演作ということ、また作品評で好意的な意見が多かったことなどで知っていた作品です。
マツーカス監督の作品はMV含めてたぶんほとんど見たことがないと思います。
海外版のソフトを2020年の夏くらい?に買っていたのですが、そのまま結構放置してしまいました。
やっとこさ鑑賞したのでその感想です。
~あらすじ~
弁護士のクイーンは、Tinderで知り合ったスリムと初めてのデートに行く。別に彼に気があるわけではなく、弁護した男が死刑判決を受けたことで、その悔しさや哀しさを紛らわすためだ。
一方のスリムはお人好しで事なかれ主義。二人の夜はなんとなくぎこちなく、そのままスリムが運転する車でクイーンを送って帰ることになった。
しかし、ウインカーを出し忘れたことで警官に停められ、スリムに対して横柄にする警官にクイーンは抗議。
さらに、できれば早く終えてと頼んだスリムに、警官は銃を向けてきた。クイーンはそれを激しく非難しスマホで撮影しようとし撃たれてしまう。
スリムはクイーンを守ろうともみあいになった挙句、警官を撃ってしまった。
まずは自首しようとするスリムに、クイーンはこのまま逃げることを提案する。
感想レビュー/考察
初監督作品としてもう大合格じゃないでしょうか。
すごくスリリングで引き込まれる逃走劇を一本線にしながらも、その中核には男女のロマンスを置き、そして旅路にはそれぞれの過去を横たえる。
さらに彼らのストーリーはそのまま象徴であり大きな波を起こし今のアメリカ社会を描き出すものになっています。
観ているといろいろと社会的な要素が多く垣間見えてきますが、それでもなおクイーンとスリムそれぞれの個人のドラマ、特に家族と社会を織り交ぜたものだ繰り出されていき、ただの社会的な観察映画ではなく力強いドラマにしてくれています。
もちろんそれは主演の二人の演技の力によってすごく支えられる部分があると思うのです。
実はこの逃走劇の中で、クイーンとスリムはそれぞれに影響しあって変化していきます。
クイーンは(そもそも事のきっかけが彼女の主張の強さにありましたが)自分を強く持った女性であり、展開のリードとなる決定も彼女が行っていく。彼女には伝手があり、サバイバーです。
一方のスリムですが、平和主義というかなんというか。自分からあまり物事を決めていかないタイプですし、穏便に過ごしていくことがなにより大事って感じの人です。
それぞれの性格を自然かつ丁寧に描き出すオープニングのダイナーでのシーンはとにかく見事にまとめられていて素晴らしいです。
死刑制度というアメリカの持つ司法の闇、またスリムの「黒人が経営するダイナーだから良い」というセリフから着実に人種差別的な社会問題が含まれていきます。
OPからの展開に自然さをもたらしてくれつつ、実はこの全く馬が合わない男女が次第に愛し合っていくというロマンスの王道まで準備される手腕の良さですよ。
このロマンスをセンターに、互いに刺激しあう二人の旅。いつしかクイーンは祈り、スリムを信じて任せるようになる。そしてスリムは自分自身で決断をしていくようになる。
そこにはお互いの人生が見えてくることが重要です。
家族の諍いと母の喪失、叔父との関係性。またスリムの父とのわずかな電話シーンで、父のとる行動から見えてくる親子の絆と愛。
ダニエル・カルーヤもジョディ・ターナー=スミスもとてもいい具合に、それぞれの変化や多様な表情を出しつつ、やはりケミストリーがあると思いました。
そして二人が直面していくのは、彼らの行動の余波です。
それはあまりに大きく二人の想像を超えるところまでにも発展していきますが、しかしアメリカ社会の当然のリアクションであり反動であると感じます。
ギャグテイストで出てくる”Power to the people”おじさんとか、重要かつ一番大きなあのジュニアというあだ名の少年とか。
二人のカーセックスとカットバックで映し出されるライオット。そこでそれぞれクライマックスに向かっていくシーンがなんとも残酷でした。
さて、タイトルの通り、二人はクイーンとスリムです。アンクルはアンクルですし、先の少年もジュニアと呼ばれて終わりです。
この仕組みが、この映画においてマツーカス監督が持たせる機能として個人的には一番輝かしいなと思います。
最後の最後、まるでボニー&クライドのごとく逃走した果ての結果。
もちろん二人には全米を巻き込んだ警官の暴力への抗議もありませんし、なんらかの象徴になろうという目的もありませんでした。
それは二人のドラマを一緒に追っていく観客にはしっかりわかるでしょう。周囲の人間の認識とのギャップに、私たちも二人と一緒に驚いていくのですから。
しかし、名前の機能に意味があります。
やっと名前が明かされるのは報道によるものです。
2020年にはジョージ・フロイド氏の名前が世界中に響き渡りました。その前にはエリック・ガーナー、トレイヴォン・マーティンやオスカーグラントの名前が浮かびます。
今作でもアーネスト・ハインズとアンジェラ・ジョンソンの名前が最後に報道されます。人々はここで彼らの名前を知る。それが初めてでしょう。
監督はここにある距離を詰めていこうとしたと思います。二人をあえてあだ名で通していきながら、個人としてのドラマを描き”レガシー”を残す。
センセーションの中心に視点を置き、個人としてつながろうとする姿勢は「ヘイト・ユー・ギブ」にも近いものを感じる作品でした。
監督自身のスタイルもしっかり出ている点もいいと思います。
撮影のタト・ラドクリフが映し出していくアメリカの様々な情景も、ダンスの夜や車から身を乗り出すシーンなど美しいです。また音楽が絶えず流れてくる感じもMV監督らしいといえます。
現時点(2021.3.21)では日本での一般公開や配信などの情報がよくわかりませんが、結構空気感とかが素敵タイプですし、劇場で見れたらいいなと思います。
海外版のソフトとかは手に入るので気になった方は是非チェックを。
今回の感想は以上。
最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。
それではまた次の記事で。
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