「ワンダーウーマン1984」(2020)

  • 監督:パティ・ジェンキンス
  • 脚本:パティ・ジェンキンス、ジェフ・ジョーンズ、デヴィッド・キャラハム
  • 原案:パティ・ジェンキンス、ジェフ・ジョーンズ
  • 製作: チャールズ・ローヴェン、デボラ・スナイダー、ザック・スナイダー、パティ・ジェンキンス、スティーヴン・ジョーンズ、ガル・ガドット
  • 製作総指揮:レベッカ・スティール・ローヴェン、リチャード・サックル、マリアンヌ・ジェンキンス、ジェフ・ジョーンズ、ウォルター・ハマダ、シャンタル・ノン・ヴォ、ウェスリー・カラー
  • 音楽:ハンス・ジマー
  • 撮影:マシュー・ゼンセン
  • 編集:リチャード・ピアソン
  • 美術:アリーヌ・ボネット
  • 衣装:リンディ・ヘミング
  • 出演:ガル・ガドット、クリス・パイン、クリステン・ウィグ、ペドロ・パスカル、ロビン・ライト、コニー・ニールセン、リリー・アスペル 他

wonder woman 1984 film

DCコミックヒーローであるワンダーウーマンの実写長編映画のシリーズ第2作品目にしてDCが展開するユニバースの一部となる作品。

監督は前作「ワンダーウーマン」(’17)から引き続きパティ・ジェンキンスが務め、ワンダーウーマンを演じるのはもちろんガル・ガドット。そして前作キャストであるクリス・パインが同役で出演しています。

また主人公ダイアナが知り合うことになる宝石学者を「ゴーストバスターズ」などのクリステン・ウィグが、そして禁断の力を得る男マックスを「イコライザー2」などのペドロ・パスカルが演じています。

今作は一応DCEUの一作品ではありますけれど、そもそも前作がある程度ユニバースから独立した作品でもあった事や、DCとワーナーが戦略変更をしてあまり作品群のつながりを押し出さないことにしたこともあって、実施前作だけ見ていれば大丈夫な作りになっています。

2020年の夏に公開予定で進んでいましたが、新型コロナウイルスの拡大を受けて一度は10月に移動、そのご再度移動しての12月になり、無事に劇場公開されました。

といっても感染状況の雲行き怪しい欧州や北米では25日公開で、日本のみ世界に先行しての18日公開になっています。

また、ワーナーは映画展開のマーケティングを切り替え、劇場公開と同時に作品をHBOMAXでも配信することにしています。なので今作も配信でもすぐに観れる作品になるわけですね。

余談は置いておいて、今作を私は非常に楽しみにしていました。2020年の中でも特に。

前作は17年のベストに選んでいますし、本当に大好きな作品です。今年もDolbyCinemaのリバイバルを観てきましたし。

年内に公開してくれて本当にありがたい。さっそう公開週末にIMAXで鑑賞してきました。ただ、シリーズ物であったり、現在は邦画に押されていることもあるからか、やや劇場の入りは少なかった印象です。

wonder woman 1984 film

1984年。

かつて第一次世界大戦の裏で戦争終結のために戦ったダイアナ/ワンダーウーマンは現在、ワシントンDCで考古学者として働きながら、交通事故や犯罪現場に現れては人助けしている。

そんな彼女の職場に新しく採用されてきたバーバラは、ダイアナの魅力や社交性にあこがれながら、最近盗難品として運ばれてきた不思議な石を一緒に研究していた。

その石にはラテン語で”石を手に願いを唱えよ。”と書かれており、ダイアナは冗談半分に、かつてともに戦い命を落としたスティーブを戻してほしいと願った。

するとなんとスティーブが現代の別人の身体に乗り移って蘇り、ダイアナの前に現れるのだった。

幸せな時を過ごしながらも、ダイアナはその石の危険性を考え回収を図るが、すでに石は実業家マックスの手に渡っていた。

wonder woman 1984 film

前作は正直ヒーロー映画史においても記念碑のように光り輝く作品と思っています。

パティ・ジェンキンスが可能にした女性のアクション映画、カラフルさと真っ直ぐで愛に溢れるワンダーウーマンの確立、そしてそれを可能にするガル・ガドットの圧倒的な存在感。

今作はそれを引き継いでいながら、よりファンタジックなアプローチ、コミックの映画として挑戦し、さらにダイアナのドラマと選択の旅を描いています。

前作の圧倒的な素晴らしさと比較すれば、やや見劣りもしてしまったり粗もある作品にはなっていますが、それでも明快さや惜しみなさを私は愛しています。

まず人助け。それ大事。

ダイアナは謎の女性という存在として、今も人々を助けるために奔走しています。見事なプロダクションデザインによりつくられた84年のアメリカ、ワシントンで活躍。

事故から人を救い、強盗達をやっつけ、女の子を助ける。バトルでも、子どもたちを助けるためにまず行動します。

ここら辺はなんかレトロな感じすらするんです。本当のヒーローの根源って、こうした人命救助にあると思います。

より小さな毎日の中で、こんな存在がいたらと願う、その投影として。

どうしてもMCU含めて、昨今のヒーロー映画は超人バトルか変わり種かになってきている気がします。

こういう真っ直ぐなヒーロー活動を、恥ずかしがることもなく真っ直ぐに明快に描くことって少なくなっていると思いますから、今作のそんな明快さがとても好きです。

wonder woman 1984 film

惜しみなく恥ずかしげのない感じは、ファンタジーでコミック映画っぽい部分も。

透明飛行機とか、ワンダーウーマンの飛行能力とか結構人によってはばかばかしいとか思うかもしれませんし、大雑把な感じは否めませんが、ファンタジックな存在としてのワクワクさが素敵です。

完全に好みでしょうけれど、こうした素直さと言いますか、すごく好きです。

また画の力もあると思います。84年のアメリカを映すちょっとざらつきもある部分にそれでいて人々や街並みをクリアに見せてくれるところ、花火の中でのダイアナとスティーブのジェットデートとか。(ここに関してはスクリーンで、できればIMAXで是非)

まとめて言いますけど、前作からずっと、パティ・ジェンキンス監督のワンダーウーマンの本質の掴み具合とか、信じたいと思えるおとぎ話感が、リチャード・ドナー監督の「スーパーマン」(1978)っぽいんですよ。だから個人的に好き。

街も昼や夜、そしてステージ移動もあったり色彩豊かな場面があったりと視覚的な楽しさにも溢れていますし、下手に大人な感じにしようとかシリアスに行こうとかしない、コミックの映画としての自覚が気持ちいいのかもしれません。

あと音楽。今回はハンス・ジマーが担当していますが、セミッシラでの協議会からなんというかすごく高揚感があり美しいです。重い音で響かせない声高さのような。

wonder woman 1984 film

今作はタイトルの通りに1984年を舞台にします。前作に比べれば、人類の大繁栄的な時代。バブルですね。

アメリカではみんなが何でも欲しいものが手に入り、豪邸に住んで高級車に乗ることをアメリカンドリームとする。

文化や芸術も成熟して、すごいユートピアに見えますが、その裏で実は非常に危険な時代でもあります。

欲することが行き過ぎて、緊張をはらむ。

豊かさの裏には米ソの冷戦構造があり、今作でも描かれるように核配備や人工衛星システムが準備されていたりと、実はすごく脅威の時代でもあるんです。

一方で、問題になっているストリートハラスメントを、それが横行する中でバーバラの変貌の影で描いていたり、現代にモロに通じる部分も。

あまりに危ういこの時代、人間たちが自分たちの繁栄のせいで自滅していきそうな、揺れ動く時代を舞台に、再び愛と思いやりを持つダイアナを登場させていきます。

wonder woman 1984 film

ガル・ガドットは完全に彼女自身とダイアナを同一化し、その存在感と魅力がそのままスクリーンからあふれ出ています。

観ているだけで素敵ですが、やっぱりJLに比べればカメラ的にも映し方はこちらが良いです。変に性的な目線入れないんで。

世界を長く知って成熟したダイアナとして、今作ではあまり幼さをみせません。それよりもうっすらとした孤独が漂っています。

自分の宿命と使命を知ると、誰かと深く関係を築くことは、つまりその人が先に死んでいく別れを経験することを指しますから。

そんな彼女の、当たり前になった自然なハマり具合(あのアーマー姿ですごいカッコいいこと自体が大成功ではありますが)を置いておいて、今作のカテゴリ上のヴィランである、バーバラを演じるクリステン・ウィグ、そしてマックスを演じるペドロ・パスカルの二人がすごく良かったと思います。

キャスティングの妙ともいえるでしょう。

クリステン・ウィグってもともと綺麗で素敵だと思っていましたが、いい意味で自然なオタク系と、セクシーで大胆な両面をしっかりと区分けできている人です。

とても心優しいバーバラの表情を、願いをかなえてから一瞬見せるところとか繊細。

またペドロ・パスカルの顔。あのちょっと小物臭い悪党感とか、身の丈に合わない理想像に自分でも困惑している男の像。そして何にしても、彼もまた優しさと暖かさを切り替えて出せる。

実は今作はダイアナもバーバラもそしてマックスも同じ存在として描きます。

この繋がりが非常に強い意味を持ち、観客とも共鳴していくんです。

wonder woman 1984 film

始まってすぐの、セミッシラ島での競技大会。アンタイオペが語ることが今作のそのままのテーマです。

真実の受容こそが、本物の英雄の証。

ダイアナは失ったことを。マックスは失敗したことを、そしてバーバラは持たざる者であることを。

誰しもがその残酷な真実を、ままならない現実を受け入れられず、理想を夢を見てしまう。もちろんそれが悪ではない。

ただその願望のために、今持てる素晴らしいものを手放す必要なんてないのです。

スティーブは今日を救い、明日に、つまりこの1984年という彼にとっての未来のために命をすてました。

そんな彼は、ただのエスカレーターやブレイクダンス、なんでもない部屋や日常を観て、まるで子どものように目を輝かせる。

1作目で世界の案内役だった彼を逆に配している機能もありますが、それだけこの世界は素敵にあふれているんですよ。

みんな気づくとそのことを忘れているんです。

wonder woman 1984 film

前作で善悪両面を持つ人間を愛すると決めたダイアナに、今作はその俯瞰視点を奪って個人的問題として天秤を提示します。

外から人間を眺めるのではなく、彼女自身にとって大切なものと、世界を秤にかけさせるのです。

そこでダイアナはついに、喪失を認めます。永遠の別れを受け入れるのです。

しかし、だから終わりではない。彼女が世界にもたらせる力は、スティーブの言葉によって空飛ぶ力に昇華し進化していく。

画面外で聞こえるスティーブの声、走り出すダイアナ、そして飛翔。もっと高く、遠くへ。ここで泣きました。

本当に本当に辛いじゃないですか。

大切な人がいないことを認めるとか、自分が誰かに誇れる存在じゃない失敗人間だと認めることとか、この世界で中心ではなく影の存在だと受け入れることとか。

それでもバーバラには、ホームレスの男性に暖かな差し入れをする、絶対に失ってほしくない優しさと温もりがある。

マックスには、どれだけ追い込まれても息子を大切に思い続ける父としての愛がある。

wonder woman 1984 film

ダイアナが善でマックスやバーバラが悪じゃない、ワンダーウーマンすら弱さを持っていて、本質としてはマックスともバーバラとも同じ存在です。

こういう複雑な、カテゴライズしないで人間をじっくり描くのって、「モンスター」から続いているなと感じます。

どのキャラクターも願望があり怖れを持ち。闇と同時に非常に暖かな光を持っている。

だからこそ、ヒーローには誰しもなれる。マックスは真実を受け入れ、そして愛を持って世界を救うことになります。

ワンダーウーマンが力で勝ってとか、マックスが死んで元に戻るのではないのがすごく良いですよね。

真実を受け入れることで誰しもがヒーロー、つまり世界を良くしていくことができるのです。

表面上のユートピアを舞台に、弱さを共通点にドラマを展開した今作の、その愛情や優しさが観客を包み込みます。

この愛と思いやりはワンダーウーマンでありパティ・ジェンキンス監督であり、そして私たちなんですね。

ファンタジー寄りだからこその飛ばしとか説明不足もありますが、私は全肯定する素敵なヒーロームービー。どんな相手も弱さも理解し、愛で包み込む今作にすごく泣いてしまいました。

今回はちょっと長くなりましたが感想はここまでに。

ワンダーウーマンも次があるとすればどのような冒険が待っているのか楽しみです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

それではまた次の記事で。

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