「フォックスキャッチャー」(2014)
- 監督:ベネット・ミラー
- 脚本:ダン・フッターマン、E・マックス・フライ
- 製作:ベネット・ミラー、ミーガン・エリソン、ジョン・キリク、アンソニー・ブレグマン
- 音楽:ロブ・シモンセン、ウェスト・ディラン・サードソン
- 撮影:グレイグ・フレイザー
- 編集:スチュアート・レヴィ、コナー・オニール、ジェイ・キャシディ
- 出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ 他
「マネーボール」を撮ったベネット・ミラー監督作。主演にはいつもはコメディでおなじみのスティーヴ・カレル、そしてチャニング・テイタムとマーク・ラファロが兄弟役です。
今作はアメリカでの実際に起きた殺人事件をもとにした映画で、カンヌの監督賞を獲り、今はオスカーに5つノミネートの注目作です。
公開したばかりなのに小さなスクリーンでした。年齢層高めでそこそこ席は埋まっていましたが。
実話なので調べればいろいろ出ますが、できれば何もせずに観て欲しいです。
84年のロスオリンピック金メダリストのレスリング選手、マーク・シュルツは同じく金メダリストの兄デイヴと共にトレーニングをする日々だった。
そんなあるとき、アメリカ最大規模の財閥デュポンの御曹司であるジョン・E・デュポンから誘いが入る。
彼のレスリングチームプロジェクト「フォックスキャッチャー」にマークを引き入れたいというのであった。
考えを理解し尊敬できるジョン、最新設備など良い環境。マークはこのチャンスを掴むため、ジョンの元で練習を始める。
まず目立つのがスティーヴ・カレル。もう彼とわからないほどの豹変ぶりです。
あの怪盗グルーとは思えないですね笑 青白い顔に大きな鼻、空虚な目。ゆっくり落ち着いた声で狂気じみた顔を見せます。素晴らしい。
Sirなど付けずジョンと呼べ、という場面での何か気味悪さ。友好でなく支配的です。
Fameというワードのある曲が流れるときの急変からの、良いコーチっぽい戯れ。秀逸な演技でした。
どうやら実際のジョン・E・デュポン氏は精神疾患を患っていたようで、心に壊れた部分がある感じはカレルの名演によって説得的です。そこがこの映画の焦点になると思いましたね。
この精神状態はいかにして生まれるのか。そして兄弟との関係。
ジョンがなぜ精神を病むか、それはマークが精神的に不安定になる理由と重なって見えます。
偉大なデイヴがいて、デイヴの弟でしかないと感じているんです。すべては兄のおかげ、兄なしでは何もできない。つまり才能も名誉も兄のもの。悩み孤独を感じるマークに対し、デイヴはコーチとしても有能で慕われ、家族に囲まれる男です。
家族がにぎやかにしているシーン、マークからすれば羨望と共にいらだつわけです。そこに自分を認め理解するジョンが現れれば、彼こそ師と仰ぐ。
師であるジョンが兄を選ぼうとする=裏切りであり親に捨てられるようなもの。不安定になるマークのシーンではボヤのような音が響き、人物の台詞は聞こえなくなります。
ジョンは空虚で孤独を感じていた。人生において、自分で何かを得たり認められたりしたかったが、叶わなかったのでしょう。
母にはレスリングを理解されず、友人は雇われ、金と力で物を動かすしかなかった。自身が目指した師のように、慕われることはなかった。
ジョンの行動は嫉妬によるものか。自分が導くはずがリーダーは違う人間になり、皆その人を慕う。彼が憧れた(おそらくマークも)ワシントン、リンカーンら偉大な指導者。絵画を飾り意識していた師。そうなることはできなかった。
自分自身で何か手に入れているはずなのに、何もない。
家族も友人もなく、ただ日陰にいたデュポンとマークは光の中にはおらず、そこにいる兄のようになり高っと思いますが、しかし彼らにはどうしても無理なんです。
デュポンはやはり兄を選んだ。
そしてデイヴの言葉がデュポンをこわします。「家族の日なんだ。悪いけど今日はダメだ。」やはり家族は得られなかった。
大勢の友人、愛するパートナーに子供たち、誰からも好かれる。理想の前に打ち砕かれてしまった持たざる者がたどる運命には、悪ではなく哀しさがあります。
それでもなお、身を堕としたといわれながらもマークは最後に、居場所を見つけ自分の存在を証明するようにも思えます。
今劇場でやっているので気になる方にはぜひ見てほしいところ。
そんなわけで久々に劇場公開中映画の感想でした。それではまた。
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