「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」(2016)

  • 監督:パブロ・ラライン
  • 脚本:ノア・オッペンハイム
  • 製作:ダーレン・アロノフスキー、スコット・フランクリン、フアン・ディオス・ラライン、アリ・ハンデル、ミッキー・リデル
  • 製作総指揮:ウェイ・ハン、ジェイン・ホン、リン・チー、ピート・シレイモン、ジョシュ・スターン
  • 音楽:ミカ・レヴィ
  • 撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
  • 編集:セバスチャン・セプルベダ
  • 衣装:マデリーン・フィンテイン
  • プロダクションデザイン:ジーン・ラバス
  • 出演:ナタリー・ポートマン、グレタ・ガーウィグ、ピーター・サースガード、ジョン・キャロル・リンチ、ジョン・ハート 他

第35代アメリカ合衆国大統領、ジョン・F・ケネディ。その妻である、ジャクリーン・ケネディの伝記映画となります。

監督にはチリのパブロ・ラライン。彼は数々の映画祭の受賞歴を持つ方で、「NO」は2012年の東京国際映画祭でもグランプリだったですね。それから「ザ・クラブ」(2015)はゴールデン・グローブ賞に外国語映画賞でノミネートしています。彼の作品は未見で、今回が初鑑賞ですが、過去作も観たいなぁ。

主演にはナタリー・ポートマン。彼女はアカデミー賞にこのジャッキー役で主演女優賞ノミネートをしましたね。また助演には「マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ」(2015)のグレタ・ガーウィグや、「マグニフィセント・セブン」(2016)では悪役を演じたピーター・サースガード、また今年1月に亡くなってしまった名優ジョン・ハートも出演。

公開日にレイトショーで観ましたけど、まあ題材も時間もあって10人もいなかったです。実際のとこ、人は入ってるんでしょうかね。後で書きますけど、これは絶対にスクリーンで観なきゃダメなタイプの作品です。

1963年11月22日。アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディは、テキサス州でのパレード中に銃撃を受け暗殺された。その場にいて夫の頭蓋骨が割れる瞬間を目撃した、ファーストレディであるジャクリーン・ケネディ。

事件の数日後、彼女はライフ紙の取材を受ける。

記者に対し彼女は暗殺から葬儀まで、彼女の見た大統領の死を語るのだった。

伝記映画としては歪ではないかという、それでいてこれこそ人が人を伝えるということなのかと思う、非常に力強く記憶に焼きつく作品でしたね。

始まってすぐこれはただ事ではないと思わせる、美しくも不穏なメロディ。音楽を担当しているのは、今作で長編映画楽曲は2作目となるミカ・レヴィ。彼女はジョナサン・グレイザー監督、スカーレット・ヨハンソン主演の「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」(2013)も担当していたと知って納得です。

これはスゴイ音楽ですよ。優雅でいつつも安心できない。美しいのに不穏。音楽が抜群にハマりました。

そして撮影も強烈なクローズアップが多用されていました。

ステファーヌ・フォンテーヌが使う超接写部分、意地悪いとも言えますがこれがファーストレディだからこそとも言えますが、ジャッキーが最も個人的な感情を持つシーンで使うんですよね。

もちろん観客がこのファーストレディに近づく意味もあるでしょうけども、なにしろこのパーソナルスペースの無さが残酷。

目の前で夫の脳みそが飛び散った直後だというのに、人生で最も悲惨な瞬間だというのに、ファーストレディであるが故に個人的な心の処理の時間もない。人に見られたくないというか、放っておいてほしい時でも、彼女は大衆と向き合わねばならないのですね。

しかし、この作品はそうして追い込まれたジャッキーを、パパラッチ的に大写しにしているのではありませんでした。

まあ観た方はみなさん感じると思うのですが、ナタリー・ポートマンの圧のすごさですよ。

劇場の大画面に、泣きじゃくる彼女がこれでもかと寄るカメラに切り取られているのに、どちらかと言えば、彼女が支配者でした。

記者に対し、「それを出版させるつもりはないわ。」ときっぱり言い放つところから、ジャッキー演じるポートマンがもう怖いw

大画面にさながら女神のごとく大きな顔で、こちらを見ている。美しい顔ですが力強く、接写に耐えるどころか、ポートマンの方から画面を通してこちらをがっしり掴むのです。

ここが最大に映画館で観て良かったところ。

この作品こそ絶対に映画館で観るべきです。ナタリー・ポートマンの顔を、息を、唾を飲む音も嗚咽も全てを体感する。映画館で観るためのものですね。

彼女は納得のアカデミーノミネート(正直受賞していい)なんですが、訛りの演技もそうなんですけど、なにより私の好物である、演技の演技というのが常に炸裂していてすごくたのしかった。

大衆に向けてファースト・レディを演じているジャクリーン・ケネディを、ナタリー・ポートマンが演じているわけです。TV中継でのホワイトハウス案内と、グレタ・ガーウィグ演じるナンシーとの会話などジャッキー自身のペルソナの使い分けを演じています。

ピーター・サースガードも個人的に好きなところが多かったですね。ホワイトハウスでの指揮権を誇示するように、ジョンソンに「座れ」と言うところとか、怒りの出し方が絶妙です。

ジャッキーは確かにこの伝記映画で赤裸々にすべてをさらけ出されるのかもしれないです。

今作の始まりで、記者がやってくる屋敷に、使用人はおらず彼女は1人。夫の暗殺からまだ1週間ほどですよ?無防備すぎる彼女に、不安を覚える間もなく、観客は彼女が自分の背負う役割に覚悟を持っていることを知ります。

一人の女であり、妻であり母でありながら、彼女はアメリカ合衆国のファーストレディ。

自分の時代がエアフォース・ワンの中でジョンソンに移っていくのを、夫の棺の隣で見つめつつ、すべきことを知っている。

人前に出るからこそ、夫の死を不死のものにするために、血の付いたピンクのスーツを脱がずにいましたね。彼女はTV中継時に、骨とう品や芸術は、人よりもずっと長生きすると言いました。

葬儀の取り仕切りは、夫を伝説にするのにどうしても必要なんですね。

ジャッキーの視点で記者に語られるこの物語は、あくまで彼女の物語。公私の混合や虚栄によって、どれが美しくどれが悲惨な記憶かも曖昧。夫との思い出は、本当に美しく楽しかったものなのか、自分がそう作り上げたものなのか。

しかし、人を伝えるのはその人自身だけではなく、やはり語り手の力が大きいのです。

ジャッキーは夫を全ての人の、日本人で当時生まれてすらいない私ですらの記憶に残した。自身のファーストレディの、輝かしい王朝時代を彼女は刻んだ。そしてその終焉を、この作品は伝えています。

真実かなんて分かりませんが、これこそ人を不死にする意味で、伝記映画だと感じました。

ナタリー・ポートマンもまた、ここに不滅の存在となったと思います。個人としてはいつか亡くなれど、女優ナタリー・ポートマンは時代を超えて記憶され生き続けるでしょう。

たった数日間の、オートグラフィーのバイオグラフィーみたいな切り取りをした伝記映画。

音楽に撮影にナタリー・ポートマンの圧。私としては深く記憶に刻まれた一本となりました。

というところで感想はおしまい。それでは、また~

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