「続・夕陽のガンマン」(1966)

  • 監督:セルジオ・レオーネ
  • 脚本:フリオ・スカペッリ、セルジオ・レオーネ、ルチアーノ・ヴィンチェンツィオーニ
  • 製作:アルベルト・グリマルディ
  • 音楽:エンニオ・モリコーネ
  • 撮影:トニーノ・デリ・コリ
  • 編集:エウジェニオ・アラビソ、ニノ・バラグリ
  • 出演:クリント・イーストウッド、リー・ヴァン・クリーフ、イーライ・ウォラック 他

「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」に続くレオーネのマカロニウエスタン。順番に主人公が増え、今回は3人の男が入り乱れての出し抜きあいです。続と言ってますが、夕陽のガンマンとの関係はなく、そもそも夕陽すら出てきません。なぜこの邦題になったかはよくわからないです。

おそらく今作がレオーネのマカロニの中で最も彼の監督性が現れ、そして規模も大きいでしょう。

南北戦争下。ならず者集団の隠した金貨を探し、エンジェルアイは男を訪ねる。

一方ブロンディとトゥーコは2人で組み、トゥーコが捕まり賞金をブロンディが得て、処刑の際ブロンディがトゥーコを救出、2人で金を分け合っていた。

前作までの2人に、今回はイーライ・ウォラックが参加。三人の男がいる中で、一番のリード役となっていますね。

一応3人にはThe Good(良い奴)、The Bad(悪い奴)、The Ugly(卑劣な奴)と役が降られていますが、まぁ全員何とも言えないです。

イーストウッドは善というか超越した天使ですかね。計算高くある意味悪に思える割り切り方。クリーフは機械か悪魔か。目的のため殺しや女への暴力もいとわない。そんな中一番人間味を感じられるのは、ウォラック演じるトゥーコ。

ブロンディもエンジェルアイも人間的描写が少ないですが、トゥーコはよく食べよく飲み、おしゃべりで道化的、兄との話もあり見ていて楽しいものです。

この明らかに主役がウォラックなところは、イーストウッドももちろん気づいており、そろそろアメリカでの成功がしたい彼にとっては、レオーネと別れる後押しにもなったようです。

今まで完全に娯楽に振ったつくりでしたレオーネの西部劇も、今作ではどことない戦争虚無を。

3人は金のためにいろいろなところに潜り込んで行くわけですが、戦争中というのもあって軍と関わります。そこで北軍の制服から南軍征服へ着替え、また服を盗んだり、彼らには紺も灰も関係ないのですね。

橋のシーンでは殺戮に疲れた上官が出てきて、そこでブロンディは「こんなに多くの人間が無駄死にするのは初めて見た」と言い放ちます。たかが金のために人を撃ち殺すアウトローにも、戦争は無意味に映るのでしょう。しかし橋の戦闘と爆破はすごいものです。

さあレオーネの監督性がよく出ているというところは遠近でのショットとモリコーネの音楽ですね。

映画が始まってすぐのブ男の顔面接写、緊張走るシーンではよく人物の目やらにこれでもかと接写します。遠景ショットはやはり素晴らしく、トゥーコの走り出す墓場と円卓など良いですね。

決闘に円卓を選ぶのはやはり、物語の輪が閉じる、終焉にふさわしいからでしょう。

こういったものにモリコーネの音楽が合わさり、この叙事詩的な西部劇を盛り上げてくれます。モリコーネが先に音楽を作り、レオーネがそれからイメージを膨らませ撮影。

「黄金のエクスタシー」から「トリオ」までの流れはセリフも一切なく3人の目やゆっくりとした動きだけですが、飛び抜けた演出です。

もちろんテーマ曲でおなじみ笛や声が3人それぞれに用意され、各所で効果音のように使われるのも独特で面白いものです。

マカロニウエスタンの最高峰と言える壮大でレオーネらしさ光る1本。

イーストウッド要素よりはウォラックの愉快さですが、カッコよさは残りモリコーネの素晴らしい音楽も楽しめます。未見の方は是非。私にはベスト級の西部劇の一つです。

そんなわけでドル箱3部作もおしまいですね。それではまた。

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