「ナイトクローラー」(2014)

  • 監督:ダン・ギルロイ
  • 脚本:ダン・ギルロイ
  • 製作:ジェニファー・フォックス、ジェイク・ギレンホール、トニー・ギルロイ、デイヴィッド・ランカスター、ミシェル・リトヴァク
  • 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
  • 撮影:ロバート・エルスウィット
  • 編集:ジョン・ギルロイ
  • 出演:ジェイク・ギレンホール、レネ・ルッソ、リズ・アーメッド、ビル・パクストン 他

今作が初監督であるダン・ギルロイ。いままでは脚本側の人なんですね。彼が実際にLAの夜にその存在をしった、事件や事故専門に動く報道パパラッチ:ナイトクローラー。

主演にジェイク・ギレンホールを立てて、LAの夜に文字通り這いまわる彼らを描いた本作は、さすがに脚本経験がありますね、アカデミー賞に脚本でノミネート。

まぁ見た後に思ったのは、脚本に加えてジェイクが主演のノミネートをしても良かったこと。ほんとにすごいです。

さすがに観たのが1日の映画デーということもあって、満員に近かったです。ま、公開したての割にすごく小さいスクリーンでしたけどね。

LAの夜。眠らない街でルー・ブルームはフェンスを切り落としていた。資材を盗み、売り払って生活しているのだ。

彼を不審に思う警備員を襲い、腕時計を奪う。売りつけた工場監督に仕事を求めるが、泥棒を雇うわけはなかった。

そんなとき、自動車事故の現場に出くわしたルーの目ににその現場を撮影するカメラマンが映る。凄惨な現場を撮影し、テレビ局に売りつける彼らに触発され、ルーは自身のカメラで事故を撮影。売り込んだ先のローカル局は、撮影を続け、より”グラフィック(刺激的)”な画を撮ってくるように言う。

こうしてルーはLAの街を夜な夜な這い回る、ナイトクローラーとなった。

ジェイク・ギレンホール。ハンサムで良い男代表の彼が、頬がこけ目はギラギラと飛び出し、青白い顔になって驚きです。「プリズナーズ」(2013)での彼とはまた違う意味で何かに執着する。

変貌というか、ジェイク自身が役になりきるということに没入するからこそ、よりその執着が目立つんでしょうか。「サウスポー」では一転、ムキムキのボクサーを演じているんですからこれは素晴らしい。

このルーという男。とんでもないクソ野郎であるので、この映画は単に男の成功話として観ていられない。倫理を踏み越えて、人間を人間と思わない。

しかし、一方でこのルーの繰り出す”グラフィック”な画は私を魅了するのも事実です。この微妙な悪の成功は揺さぶりをかけて問いただしてくるんです。

酷いと思いつつ、どんな画が観れるか期待し、それをルーが撮影したとき達成感すら覚えてしまいました。絶妙です。

セクション的には、ロバート・エルスウィットが捉えるじっとりとしたLAの夜が好きでした。アメリカの夜がどこも同じとは思いませんが、アメリカで夜歩いているときの静けさとどことない危うさを思い出します。

エルスウィットというと、「インヒアレント・ヴァイス」(2014)「ミッション:インポッシブル」(2015)も好きですから、この人の撮影は私的にツボなのかも?

音楽もどことなく明るい英雄賛歌っぽいなかに、ドスンと思い音がかさなる黒さが素敵です。

さて、観客がつい感じてしまう、より刺激的な画への欲求。そうした欲求がルーのような人間を生み出しているのも事実ですね。

作り物、演出されたLAを背景にニュース・ディレクターであるニナと手を結ぶ。彼らにとっては人の死すら題材であり演出対象でしかない。

ここらへんの報道の倫理破綻と視聴率至上主義は、私の大好きなルメット監督の「ネットワーク」(1967)でも批判されていますが。

視聴率至上主義であるため、ニナはルーとの関係を持つ。ビジネスパートナーである以上に、個人的な部分でも彼に支配される。

病的な視聴率への固執が、このゆがんだ関係を生んでいます。それほどこだわりがなければ、下種な申し出は断れば良いんです。しかしそれができない。

事故も殺人も素材である。アングル、演出にこだわり学習してまさに進歩していくルー。

その言葉通りに意識の高い勤勉なビジネスマンとなるわけですが、どこぞのご立派な企業のスローガンや、胡散臭い自己啓発本に書いてあるりそうな言葉や戒めが、とにかく空虚さを出しています。

結局は書面、いや彼の場合ネットからの流用でしかないんです。だからこそ彼の対人関係は心がない。それは人を資産として切り捨てられるまでに。

でもこういう人いますし、それが現代で目標とされてる場合もありますね。怖いことです。

全てを演出し、事実を歪めてより”グラフィック”な画を撮る。

需要がある限りナイトクローラーは、人の破滅の前にその卑しくおぞましい顔を見せるんです。

借り物の言葉を実際に体現し、奪った身に合わない良い時計もすっかりフィットさせ、盗んだ経営戦略をそのまま使い、新たな僕を従えて夜の闇に這いまわるルー。

最低ながら、それでいて理想の成功者。彼こそが現代のビジネス倫理の生みだした、現代社会の目指すべき形。何とも皮肉なものでした。

クレジットで警察無線やらの音と共に、青白い月がゆっくりと昇っています。

オープニングでの黄色の月より冷たい月。その月が昇るとき、誰かの死に際に、ルーが佇んでいることでしょう。おお、怖いっ!

ということで、ジェイク・ギレンホールが全然良い男じゃない、ダークヒーロー的な映画でした。

うーん、夢に出てきそう。そして私が死にかけたときに、迎えに来た死神のようなルーがいないと良いなぁ。想像するのはやめよう、それでは終わります。また。

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