「パスト ライブス/再会」(2023)
作品解説
- 監督:セリーヌ・ソン
- 製作:ダビド・イノホサ、クリスティーン・ベイコン、パメラ・コフラー
- 製作総指揮:マイキー・リー、セリーヌ・ソン
- 脚本:セリーヌ・ソン
- 撮影:シャビアー・カークナー
- 美術:グレイス・ユン
- 衣装:カティナ・ダナバシス
- 編集:キース・フラース
- 音楽:クリス・ベアー、ダニエル・ロッセン
- 出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ 他
アメリカと韓国の共同制作による、幼なじみの2人が再会し、7日間を共に過ごす大人のラブストーリー。長編映画監督デビュー作となるセリーヌ・ソンが、自身が12歳の時に家族と共に海外へ移住した経験をもとにオリジナル脚本を執筆し、監督しました。
ノラ役はNetflixドラマシリーズ「ロシアン・ドール」や「スパイダーマン:スパイダーバース」で知られるグレタ・リーが演じ、ヘソン役は「LETO レト」「めまい 窓越しの想い」のユ・テオが演じています。
またノラの夫役には「ファースト・カウ」のジョン・マガロ。
2023年、第73回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品され、第96回アカデミー賞では作品賞と脚本賞にノミネートされました。
作品の高い評価はアカデミー前哨戦から聞こえてきていて、公開が楽しみだった作品の一つです。どことなくですけれども、最近は移民、海外に移住してアイデンティティの変容を経ていくことが重要な映画が多い気もします。特にアジア系の方たちの物語。
ロマンスに限ってはないですが、「ミナリ」、「フェアウェル」、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」などですね。なかなかハリウッド映画で出てこない物語ですから、増えていくのは良いですが、これって全部A24配給ですか。。。
~あらすじ~
韓国・ソウル在住の12歳の少女ノラと少年ヘソンは、お互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。
12年後、24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいた2人は、オンラインで再会を果たすが、互いを思い合っていながらも再びすれ違ってしまう。ノラは自分の作家としてのキャリアのために、一時ヘソンと連絡を取るのをやめてしまったのであった。
そしてさらに12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れ、2人はやっとめぐり合うのだが。
感想レビュー/考察
これが初監督作品って聞くととんでもないですが、実体験を生々しくも消化させたならワンショットとしてはわかる気もします。
でもこんなにも普遍で見事なロマンスに仕上げるのは、やはり奇跡的な才能なんだとは思いますけど。
この映画、OP観てすぐ大好きかそうじゃないかはっきりするタイプだと思います。私はOPを観た瞬間に感じ取って、これはすごい映画だって思いました。
この作品で唯一の、主人公たち以外の視点を持つショットで始まるそのOP。3人の男女がバーラウンジで飲んでいる。画面外から聞こえる視点の主たちはこの3人がどんな関係なのかを予想しあいます。
兄弟と夫婦。夫はどっち。仕事仲間。
ここで見えるのは、人の関係の無限性。このどれもが答えになり得るのですから。今作を始めるにあたってピッタリ見事なOPだったと思います。
最後に中央にいたノラがふとこちらを見つめる。
時代がジャンプしつつ主に3つの時間軸を捉えるこの作品はまず、韓国での二人の少年少女を見せます。そこにはヘソンと、この頃はまだノラではなかったナ・ヨンがいます。純粋に互いを好きな二人、短いですが非常に重要ですべての起点となるシーンです。
ナ・ヨンは両親とともにカナダへ行くことになりますが、ここで自分で自分の英語名を選んでいきます。
ノラ。それが彼女の新しい自己であり、ここからヘソンが好きなナ・ヨンとは別のノラという女性が成長していくことになるわけです。
ちょうど英語名というものを使って、人格とかアイデンティティの変容を演出していますが、誰しもが経験する、していくことだと思います。年齢や環境によって変化していく自分。
ヘソンとの再会後のノラの会話。何度かでてくる、鏡を隔てて自分や会話の相手が映り込むショットの中で、自分を顧みるようにヘソンがとても韓国的だという。そしてその視点を持つ自分もより韓国的なのかもと。
自己を変容し、アイデンティティを確立してきたとき、自分の過去いたコミュニティの人間によって自分自身を相対化できる感覚。経験ある人にとってはすごく鋭いと思える描写ではないでしょうか。
ナ・ヨンはノラとなって、キャリアを突き進んで、出会った男性と付き合い結婚する。
ノラとヘソンの関係性は、12年後の時点ではオンラインでのモノでした。オンラインだからこそ身体的な接触が一切ないことが強調されて言いますが、24年後の再会の際にそこが爆発しています。
噴水の前での待ち合わせ。お互いにちょっと気まずい感じで再会した後、映画を見ているこちらとしても長いと感じるぎこちなくも完璧な間を空けてからノラがハグをします。
アジア圏では異性間のハグなんて恋人でするのが普通って感じですから、ヘソンの戸惑うリアクションも理解できます。
一方でノラは何らかの感情をこめていたのか、単に西洋の国文化での生活が長いために自然とそれが出たのか。
ノラのロマンスの中で生まれるのは典型的な3角関係になります。成長してから出会った夫と、幼馴染で初恋の、しかも両思いの人。
ただセリーヌ・ソン監督はどちらかと言うと三角ではなくて円の関係性を見せました。
ロマンスのライバル関係や何か結ばれることこそが至上であるといった結論は出さずに、全てが何らかの縁故によって皆結ばれているのだという、ありのまま今の状態を受け入れるスタンス。
幼い頃に好きになり、大人になっても思い合うもすれ違う。それこそがあるべき姿であるという結論。
だから救われるしとても美しい。
夫も違う人かもしれない。ベッドでの会話もとても印象的でした。
ヘソンが愛したナ・ヨンは今もいるけれどもういない。きっとそのままナ・ヨンが存在すれば、ヘソンはここまで彼女を愛していないのかも。
今作のキーワード”イニョン”。”縁”を示すような言葉として使われていますが、いわゆる運命の相手とかではない懐の深い言葉でした。
すれ違いもまたイニョンであり、ニューヨークでの再会もイニョン。
再びの別れのシーン。また映画としてはありえないほどに気まずい間を開けて、二人は接触する。
左は過去右は未来。平行な軸を持った画面はヘソンと別れ(つまり過去と別れ)右に歩いていくノラをずっと映し出す。その先にすべてを理解してくれている夫がいる。
ただ異なる角度から、同じ人を愛した二人の男性の、静かな互いの許容にも素晴らしい余韻があります。
稀に見るロマンス映画でありながら普遍的で個人的な作品。
他の映画とはなにか違う、ロマンスが結局はお別れで終わるのに、どこかとても心地よい空気が自分の中で流れ続ける映画でした。
素晴らしい1本ですのでオススメ。今回の感想はここまで。ではまた。
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