「アイアンクロー」(2023)
作品解説
- 督:ショーン・ダーキン
- 製作:テッサ・ロス、ジュリエット・ハウエル、アンガス・ラモント、ショーン・ダーキン、デリン・シュレシンジャー
- 製作総指揮:ハリソン・ハフマン、レン・ブラバトニック、ダニー・コーエン、エバ・イェーツ、マックスウェル・ジェイコブ・フリードマン
- 脚本:ショーン・ダーキン
- 撮影:エルデーイ・マーチャーシュ
- 美術:ジェームズ・プライス
- 衣装:ジェニファー・スタージク
- 編集:マシュー・ハンナム
- 音楽:リチャード・リード・パリー
- 音楽監修:ルーシー・ブライト
- 出演:ザック・エフロン、ハリス・ディキンソン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ホルト・マッキャラニー、モーラ・ティアニー、リリー・ジェームズ、スタンリー・シモンズ 他
アメリカの伝説的なプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックを父に持つ兄弟たちの実話に基づくドラマ。「不都合な理想の夫婦」のショーン・ダーキンが監督を務めます。
一家の次男ケビン役を「グレイテスト・ショーマン」のザック・エフロン、三男デビッド役を「逆転のトライアングル」のハリス・ディキンソン、四男ケリー役をジェレミー・アレン・ホワイトが演じます。
また主人公ケビンのパートナー役は「ベイビー・ドライバー」などのリリー・ジェームズ。
製作総指揮はAEWのマクスウェル・ジェイコブ・フリードマン、プロレスシーンのコーディネーターはチャボ・ゲレロ・Jr.が担当。
世代が違いすぎてアイアンクローを知らないのですが、アントニオ猪木さんとの試合もしていたらしく日本での知名度は結構あるらしいですね。私は実話のところとかは全然知らない状態で、単純にショーン・ダーキン監督の新作で評価も高いという理由で観に行ってきました。
休日というのもあるのでしょうが、結構人が入っていて混雑していました。年齢層は高かったですね。プロレスファンの人たちも来ているようでした。
~あらすじ~
1980年代初頭、フリッツ・フォン・エリックの息子たち、ケビン、デビッド、ケリー、マイクは、父の影響でプロレスラーの道を歩み、頂点を目指していた。
父からの期待に応えるべく、兄妹たちは激しいトレーニングに励み、過酷な試合で見事なパフォーマンスを披露していく。
しかし、デビッドが世界ヘビー級王座戦への指名を受けた直後、日本でのプロレスツアー中に急逝したことをきっかけに、フォン・エリック家は次々と悲劇に見舞われ、「呪われた一家」と呼ばれるようになる。
さらにオリンピックを目指していた長男のケリーが、オリンピックへの参加中止により帰省しプロレスの世界に入ると、また悲劇が一家を襲うのであった。
感想レビュー/考察
これは家族の話、重苦しい鉄の爪が食い込んだ家族
ショーン・ダーキン監督の「不都合な理想の夫婦」から、同じような印象を受ける作品。家族というものを1つ逃げ場のない呪いとして描きこんだという意味で似ている。
この作品は宣伝では感動の家族ドラマとか、熱いスポ根ものとして広告が打たれていますけど、注意が必要な作品だと思います。
今作は断面としては毒親の話です。強権的な家父長制を敷く父親の精神的な虐待による家族の拘束と、全員が身体へのダメージでも代償を支払わされている作品。
現実でも家族に言葉や態度など精神面で攻撃を受けていたり、家族に縛られている方には結構キツい映画だと思います。
作品のOPはモノクロであり過去を示していますが、そこでは現役である父フリッツ・フォン・エリック(ホルト・マッキャラニー)が試合でアイアンクローを見せています。
この鉄の爪が食い込んだ先は、彼自身の家族だと思うのです。彼は自身がNWAのチャンピオンになれなかったことから、その夢を子どもに託します。
現実でもこういう親がいますが、どうなんでしょう。親の夢を叶える道具として子ども使うのって。
ケビンの答えはすでに出ている
すべてが父の期待に答えるかどうか。それだけが家族の中での存在意義のようなフォン・エリック・ファミリー。そこで努力が身体に現れているムキムキのザック・エフロン、次男であるケビンを主軸に物語は進みます。
彼がロマンスを見つけた時、ダイナーでのパムとのデートシーンが印象強く記憶に焼き付かれます。開業して結婚したいパムにケビンは何がしたいのか聞かれた答え。
「家族と一緒にいたい。」
ここでレスリングの世界チャンピオンになりたいとは言っていない。すでにケビンの答えが見えています。
この映画は家族を描いていますが、ダメージ、もっというと虐待的なレベルでのダメージを浮き彫りにします。なのでやはり、似たような経験や境遇にいる、いたことのある方にとっては非常に注意が必要な作品かもしれません。
身体を痛めつける試合、精神を削る食事
プロレスの過酷な世界で身体を追い込んでいく。激しいトレーニングは「ロッキー」などのような熱さやモンタージュはないのです。どこか痛々しさが強調されるような、そして苦しさが眼前根に迫るように描かれています。
また実際の試合のシーン、一度ケビンがコンクリートの床にボディプレスでたたきつけられてしまうことになります。
そこでの身体的な過酷さは画面を見ているこちらの身体も肩が割れ鎖骨をへし折られ背骨をゆがめられたような激しさです。
でももっとつらいのは精神的な過酷さでしょう。このすさまじいダメージを追った試合の後、父はケビンに言います。「リングに戻るのが遅い。」
父はOPすぐの朝食のシーンで「オレのお気に入りは。。。」と兄弟に明確な順位をつけます。子どもにお気に入りなんてあって良いのか。正直人間なんであるのでしょうけど、しかし本人たちの目の前で言うべきではないですよね。
食事シーンは結構大切で、先のダイナーでのシーンでケビンがパムと本音で話しているのに比べると、兄弟たちにとって家族での食事は、苛烈な精神的試合とも言えます。
身体だけでなく、精神でも戦う、というよりプロレスと同じで耐えているのです。
その場に父がいることで抑圧される
父親の絶対的な家父長制、心も身体も削り取られていく兄弟たち。小さな演出ですが、リアクションのタイミングが絶妙。
控室での父との会話、オリンピック無きあとのレスリングへの道。父の前では”Yes, sir.”しか言えない、選択肢のない兄弟たち。
父がフレームアウトすると、そこで初めて兄弟同士で何か言いあったりたたえたり抱き合ったりする。その場に父がいると、素直に振舞えないのです。
今作は「セッション」に「フォックスキャッチャー」を加えてフィジカルの痛みは「レスラー」に匹敵するリアリティを乗っけたような印象になります。
せめて映画の中で救われてほしい
とても非情で悲しい運命がフォン・エリックの一族には降り掛かってきます。この作品が実話に基づいているからこそ、全ては決まりきっていて回避はできない。
それでも次のシーンへの切り替わりに、運命が急いでいるかのように先に音が入ってきていても、変わってほしいと願ってしまう。ここでやめてほしいと。
それは各人物の解像度が非常に高いからこそ感じる心の寄り添いだと思います。
最終局面でのあの世のビジョン。結構挑戦的だし思い切っている。亡くなった方、特に実在の方たちの死後の世界を描くって批判もされそうですし。でも、今作では必要だったと思います。この映画そのものが彼らを癒やすものであり、また残された者を癒やすためにも。
現世での体と心の消耗と過酷な生に対して、せめて向こうでは平穏を手に入れてほしいから。それを視覚化してもらうことでこちらもまた心が安らぐから。
現世に残されたケビンはやっと解放され、そして母も絵を描き始める。父に対してただ従っていた家族たちは、自分のしたいことをする。
ふと、一緒に遊ぶ息子たちを見て、無邪気だったころの自分と兄弟を思い出すケビン。最後の切なさは何とも言いようのないものでした。
人生をかけた熱い戦いとかスポ魂だとか、そうではなく身体も心も傷つく家族が癒しと安らぎを求める作品です。強烈な父の陰によりホラーとも思える怖さも持ち、観るのには覚悟がいる。
それでも今いなくなってしまった兄弟を描き、こちらが救われていく点で穏やかさをくれる映画でもありました。
今回の感想はここまで。ではまた。
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